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大内裕和・中京大教授に聞く
時代の正体〈493〉安倍首相「教育無償化」改憲案(上)大学教育に介入の恐れ

時代の正体 神奈川新聞  2017年07月06日 10:32

おおうち・ひろかず 1967年生まれ。専門は教育社会学。著書に「奨学金が日本を滅ぼす」(朝日新書)、「ブラックバイトに騙されるな!」(集英社)、「教育基本法改正論批判 新自由主義・国家主義を越えて」(白澤社)など。
おおうち・ひろかず 1967年生まれ。専門は教育社会学。著書に「奨学金が日本を滅ぼす」(朝日新書)、「ブラックバイトに騙されるな!」(集英社)、「教育基本法改正論批判 新自由主義・国家主義を越えて」(白澤社)など。

【時代の正体取材班=成田 洋樹】安倍晋三首相が突如掲げた改憲案で、9条とセットで打ち出されたのが高等教育無償化だ。家計の負担が重い大学や専門学校の学費を下げるのは喫緊の課題だが、改憲と絡める政権側の思惑は何なのか。奨学金問題に取り組む中京大の大内裕和教授に聞いた。

人気取り政策


 安倍首相は、国会で改憲発議ができる3分の2の議席を改憲勢力が占めているうちに何としてでも改憲を成し遂げたいのだろう。東京五輪開催の2020年まで、自身が在任中の短期間で改憲を目指すとなれば、連立与党を組む公明党や、改憲に前向きな日本維新の会、そして世論も納得できる案を示す必要がある。期限を区切った上で改憲勢力や世論が受け入れやすいと思われる案として出てきたのが、今回の9条と高等教育無償化のセット改憲案と言える。

 9条改憲は戦後長らく議論されてきた。改憲を党是とする自民党は国会で3分の2以上の議席を占めることができず、世論の反対もあって改憲したくてもできなかった。反対意見は今も根強い。安全保障法制の国会審議中に抗議行動が広がりを見せたことからも、9条単独での改憲は難しいというのが本音なのだろう。

 首相は9条2項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」を維持した上で、改憲で自衛隊を明記すると主張している。自民党が2012年にまとめた改憲草案では「国防軍を保持する」となっているが、9条2項を削除するのは容易ではないと考えているからだろう。天皇の元首化や「家族は、互いに助け合わなければならない」などといった復古主義的な内容が多い改憲草案を引っ込め、公明党が納得いく形の9条改憲を目指す考えが透けて見える。

 さらに、9条改憲が簡単ではないからこそ、万人受けしやすい高等教育無償化も提案したのだろう。幼児期から高等教育までの無償化の改憲案を示している維新を取り込むための手段でもあると言える。

負担増を放置


 そもそも高等教育無償化に改憲は必要ない。現行憲法26条で「教育を受ける権利」が、第1次安倍政権下の06年に改正された教育基本法でも「教育の機会均等」がそれぞれ明記されている。さらに、民主党政権時の12年に、1979年に批准した国際人権規約の「高等教育での無償教育の漸進的な導入」の適用の留保を撤回している。つまり無償化は国際公約なのだ。改憲をしなくても、これらを基に無償化政策を進めることができる。

 日本の高等教育は、政府の公的支出が少なく、各家庭の学費負担が重いのが特徴だ。奨学金に頼る学生が今や半数を超えている。国際的には奨学金とは給付型を指し、貸与型は教育ローンだ。経済協力開発機構(OECD)約30カ国の大半は給付型の割合が高く、ほぼローンだけという日本の特異性が際立っている。

 高等教育への公的財政支出の対国民総生産(GNP)比は、OECD平均の1・1%を下回り、最低の0・5%。高等教育費の公私の負担割合では家庭の負担を示す私費負担の割合が約65%にも上り、OECD平均の約30%の2倍以上の高水準となっている。

 70年代以降、受益者負担論や国公私立の学費格差の是正という名目で国立大学の授業料が高騰してきた。その結果、年間の授業料(2016年の標準額)は1969年の約45倍の約53万円に、初年度納付金は約50倍の約81万円に上っている。私立大学の授業料(2014年)は平均約86万円、初年度納付金は約131万円に達している。

 公費負担の少なさと学費の高騰を放置してきたのは、戦後長らく政権を担ってきた自民党である。これまでの高等教育政策の総括もないまま、無償化を提案するのは本末転倒だ。民主党政権による高校授業料無償化を後退させて所得制限を導入したのも安倍政権だ。これまで無償化に消極的だった自民党が「今回は本当にやる気があるのか」と疑う人も少なくないと思う。

無条件なのか



 改憲での無償化には、別の問題がある。

 維新の教育無償化の改憲案では、幼児期から高等教育までの教育内容や学校現場に対し、教育行政による介入につながる恐れがある。現行憲法や教育基本法にはない「法律に定める学校」という文言があるからだ。

 小中高校は文部科学省が定める学習指導要領に拘束されるが、憲法23条で学問の自由が保障されている大学にこのような要領はない。もし「法律に定める学校」という規定を盛り込めば、時の政権の意向に沿わない大学や専門学校が無償化の対象から外されることにならないか。無償化を条件に政権の意向に沿った教育が押し付けられることにならないか。あるいは、無償化してもらおうと、大学側が政権寄りの教育内容に変えようとする動きが出てこないか。

 1960年代にも小中学校の教科書無償化とセットで、教育現場の自由な実践を保障する教科書採択の権利が各学校から奪われ、自治体の教育委員会が採択する方式に切り替えられていった経緯がある。

 無償化によって大学の教育内容に一定の枠がはめられて教育内容が変えられてしまうことになれば、教員のみならず学生も学問の自由を十分に享受できなくなり、質の高い教育を受けられなくなってしまうことが懸念される。

 下村博文文科相(当時)が2015年、国立大学に対し、入学式・卒業式に日の丸掲揚・君が代斉唱の実施を要請したことは記憶に新しい。無償化の条件として大学側が実施を求められる事態も十分に考えられる。

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