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神奈川高校野球 TOIN復活への16年(4)
田畑秀也、船本一樹 甲子園に最も近づいた夏

高校野球 神奈川新聞  2019年03月07日 19:12

桐蔭は10年ぶりの夏の決勝で、横浜隼人に延長戦の末にサヨナラ負けを喫した。涙を流す田畑(左から2人目)と船本(同5人目)ら名門復活の足がかりをつくったナインを、土屋監督(右端)と片桐部長(右から3人目)は大いにねぎらった=2009年7月29日、横浜スタジアム
桐蔭は10年ぶりの夏の決勝で、横浜隼人に延長戦の末にサヨナラ負けを喫した。涙を流す田畑(左から2人目)と船本(同5人目)ら名門復活の足がかりをつくったナインを、土屋監督(右端)と片桐部長(右から3人目)は大いにねぎらった=2009年7月29日、横浜スタジアム

2009年夏

 大きな夢に、手を掛けていた。2009年7月29日。第91回神奈川大会決勝。初優勝を狙う横浜隼人を相手に、圧倒的に桐蔭学園が有利と見られていた決戦を見ようと、満員札止めの横浜スタジアムを埋めたTOINファンの熱気は、5-5のまま延長戦に突入して最高潮に達していた。

 延長十一回、2死二塁だった。桐蔭の右腕・船本一樹(27)が投じた外角高めのシュートは、隼人の左打者を完璧に打ち取ったかに思えた。しかし、打球は高くバウンドし、二塁手・田畑秀也(27)が差し出したグラブの下をするりと抜けていった。TOIN復活への夏は、また大きなため息とともに、終焉(しゅうえん)を迎えたのだった。

 あの瞬間、田畑の目には投球と同時に三塁を目掛けて走るランナーの姿がちらりと映っていた。大会前の下馬評を覆し、猛烈な勢いで駆け上がってきた隼人・水谷哲也監督の奇襲だった。

 「2死二塁からのエンドラン。あり得ない。焦りが出てしまった。直後は何が起きたのか理解できなかった」。顔を上げ、相手チームがベンチから飛び出してくるのを見て、初めて負けたのだと分かった。

 甲子園に出たことがない隼人に負けるわけがない-。そんなムードがつきまとっていた。エース能間隆彰(新日鉄住金鹿島)との二枚看板で桐蔭を引っ張った船本は言う。「隼人が桐光(学園)との準決勝に勝って、『ラッキー』という空気がチーム内に流れていた。そこで結果は決まっていたのだと思う」

 2人が口をそろえて「あれが転換点だった」と振り返るのは、延長十回1死一、三塁の場面。ここでベンチの土屋恵三郎監督(現星槎国際湘南監督)はカウント1-2からスクイズを仕掛けたが、ウエストボールで空振りを取られ、三走が刺殺。慶応との3回戦でも見せた「カウント1-2からのスクイズ」を、隼人ベンチに見切られていた。準々決勝以降の3戦で計483球を投じた隼人の2年生エース今岡一平(元東芝)を助ける形で流れも手放した。

 土屋監督率いる桐蔭は、過去5度の夏の決勝では全勝というジンクスもあった。田畑は「自分たちがそれを崩してしまった」と開きかけた扉を閉じてしまった展開を悔やむ。この16年間で最も甲子園に近づいた試合だった。


2009年春


 その春。県大会3回戦で、横浜と相まみえた。五回まで6-0と圧倒しながら、後にベイスターズの主砲となる筒香嘉智に3長打7打点を喫して逆転負け。夏のシード権を失った。

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