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神奈川高校野球 TOIN復活への16年(3)
川相拓也 不遇の3年間が糧に

高校野球 神奈川新聞  2019年03月04日 19:36

片桐監督就任1年目となった夏の北神奈川大会4回戦で、コールド負けを喫してうなだれる桐蔭ナイン。この大会で出場機会が無かった川相(左端)がむせび泣く仲間たちをぼうぜんと見つめている=2008年7月22日、平塚球場
片桐監督就任1年目となった夏の北神奈川大会4回戦で、コールド負けを喫してうなだれる桐蔭ナイン。この大会で出場機会が無かった川相(左端)がむせび泣く仲間たちをぼうぜんと見つめている=2008年7月22日、平塚球場

2007年春

 変革期を迎えていたTOINで、川相拓也(28)はもがいていた。偉大な父を持ちながら、苦しむ名門の力になれていない自分に、いら立ってもいた。

 「高校3年間は思うようにいかなかったですね。試合にはほとんど出られなかった。自分は野球を知らなかったし、実力もなかったから」

 父親は、巨人と中日での24年間で、世界記録となる通算533犠打を記録し、「バントの神様」と呼ばれた川相昌弘・前巨人2軍監督。父親譲りのバント技術と内野の守備には定評があったが、肝心のバッティングがからっきし伸びなかった。

 2年の春に、土屋恵三郎監督(現星槎国際湘南監督)の指示で全くの未経験だった左打ちに転向した。「監督に『いいえ』とは言えなかったし、打撃が駄目なのは分かっていた。変わるきっかけが欲しかった」。わらにもすがる思いで取り組んだが、目に見える成果は上げられなかった。

 その秋の県大会3回戦のことだった。前年春も3回戦で敗れていた川崎北に今度は1-10の七回コールドという屈辱を味わった。この結果を受け、25年間にわたりチームを率いた土屋監督が辞任。片桐健一コーチが新監督に就いた。

2008年春

 34歳の片桐監督率いる「新生桐蔭」は、翌2008年春にいきなり目覚ましい快進撃を見せ、4季ぶりのベスト4に名乗りを上げた。準決勝で大田泰示(日本ハム)らの東海大相模に敗れはしたが、夏に向け名門復活の機運は高まった

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