1. ホーム
  2. 高校野球
  3. 鈴木大地 答えの見つからない壁

神奈川高校野球 TOIN復活への16年(2)
鈴木大地 答えの見つからない壁

高校野球 神奈川新聞  2019年03月04日 18:44

2005春


高校3年夏、神奈川大会5回戦で慶応と対戦し、終盤まで競り合った。ピンチの場面では、鈴木(左から3人目)は伝令の主将齋藤(同2人目)とともにチームをまとめた=2007年7月24日、平塚球場
高校3年夏、神奈川大会5回戦で慶応と対戦し、終盤まで競り合った。ピンチの場面では、鈴木(左から3人目)は伝令の主将齋藤(同2人目)とともにチームをまとめた=2007年7月24日、平塚球場

 「4強の壁っていうのがあったんですよ」

 その言葉に聖地・甲子園との距離が凝縮されていた。プロ2年目の2013年以降の6シーズンで、15年序盤の打撃不振による1試合の欠場を除いて、全試合に出場しているロッテの“鉄人”鈴木大地(29)が、桐蔭学園時代を振り返った一言だ。

 鈴木の高校時代はTOIN復活への期待が膨らんでいた3年間だった。

 静岡から越境入学した05年4月は、エース平野貴志で1勝したセンバツから2年が過ぎ、4季連続で県大会16強と低迷していた時期。ただ1学年上にはベイスターズでも活躍した右腕・加賀美希昇(現JR西日本)がいて、1年秋からは3季連続で4強入りを果たす。

 2年夏には準決勝で横浜に完敗したものの、すでに1番・遊撃で定位置を得ていた鈴木は新チームでは副主将も託され、「自分たちが甲子園に導くしかない」と大きな使命感を抱いた。

 しかしこの先に「4強の壁」からも遠ざかっていく1年間が待っていた。

2006秋

 「あの10月7日に懸けた思いは強かった。1個上の代が強くて、ここで勝てたら先輩たちを超えられると気合を込めていた」。日付まで忘れもしない「10・7 保土ケ谷球場」。2年秋の日大藤沢との県大会準決勝だ。鈴木と主砲の井領雅貴(中日)を軸に関東大会へあと1勝と迫っていた。

この記事は有料会員限定です。

月額980円で有料記事読み放題/100円で24時間読み放題のコースも。詳しくはこちら


シェアする