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「生きるために『蹴る』」 電動車いすサッカー選手追う

連載・企画 神奈川新聞  2019年03月01日 10:40

密着映画 3月23日から公開
中村監督「思い感じて」


障害者サッカーをテーマにドキュメンタリーを撮り続けている中村監督
障害者サッカーをテーマにドキュメンタリーを撮り続けている中村監督

 電動車いすサッカーの選手を追った映画「蹴る」が完成した。中村和彦監督(58)にとって知的障害者サッカー、デフ(聴覚障害者)サッカーに続く3作目のドキュメンタリーは、横浜市瀬谷区出身の永岡真理さん(28)らへの密着に6年半の月日をかけた大作だ。都内の映画館を皮切りに、3月から全国各地で公開されていく。

 そういう競技があることは知っていたし、興味もあった。ただ、特別な知識は何もなかった。

 2011年7月、中村監督は縁あって、電動車いすサッカーの日本代表の壮行試合を見に行くことになった。

 ジョイスティック型のコントローラーを手や顎で駆使する選手たち。一般の試合球よりも大きい直径約32・5センチのボールを電動車いすで巧みに操り、男女混合で激しく競い合う。

 熱戦が繰り広げられているピッチで、ふと目に留まった女性がいた。日本代表の対戦相手、横浜市港北区の障害者スポーツ文化センター「横浜ラポール」にいた永岡さんだった。

 「遠目からでも、プレーから気持ちが伝わってくる。大げさに言うと、炎が見えた感じでした」

 ちょうどその日は、サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」がワールドカップ(W杯)で世界一になる前日だった。

 「ここに、もう一人のなでしこジャパンがいると思った」

 中村監督はチームの練習に通い詰め、思いを伝えた。あなたはきっと日本代表になるから、15年のW杯まで撮らせてほしい-。

 「代表選手でもない自分でいいのかと思いましたが、この競技や私たちのことを知ってもらい、何かが伝わるならうれしいと思って引き受けました」。永岡さんは少し戸惑いながらも快諾したという。

 W杯が17年に延期となったことで、撮影期間は6年半にも及んだ。永岡さんを中心に日本全国のプレーヤーに取材を広げ、撮影は千時間を超えた。

 出来上がった作品は、さながら電動車いすサッカー選手と、それを支える人たちの群像劇となった。



 永岡さんは生まれつき、全身の筋力が徐々に弱る難病の脊髄性筋萎縮症を患っている。自分の力では座位をとることができない。

 ほかにも運動機能が低下していく筋ジストロフィーや脊髄損傷、脳性麻痺(まひ)などで、基本的に自立歩行ができない重度の障害がある人がプレーする。

 取材に際し、中村監督は実践的な方法で対象者との距離を縮めていく。介護職員初任者研修を受講し、当事者の食事や入浴から排泄(はいせつ)に至るまで介助に携わった。

 風呂に入る当事者の様子を撮ったシーンがある。障害があらわになるが、「それも僕が介助を覚えて距離が近くなったからこそだと思う」と語る。彼らの体に触れて初めて分かったこと、伝えるべきだと思ったことを、丁寧に切り取った。

 一方で編集に際しては、「何も知らなかった自分」という視点を大事にした。作中では選手たちの恋愛、結婚生活に時間を割いた。選手同士もあれば、健常者とのカップルもある。


横浜で活動する電動車椅子サッカーチーム「横浜クラッカーズ」の中心選手である永岡さん
横浜で活動する電動車椅子サッカーチーム「横浜クラッカーズ」の中心選手である永岡さん

 他チームの選手と付き合っている永岡さんは、好きになった理由を中村監督に突っ込まれ、「ほとんどのプレーヤーが男性という中で、私もけっこう言いたいことを言っちゃう方ですけど、彼は唯一女の子扱いしてくれた」と頬を赤らめる。

 監督はこう振り返る。

 「正直、彼らが異性と付き合うというイメージが僕にはなかった。先入観を壊すというか、驚きみたいな部分を作品を通して追体験してもらう感じですかね」

 撮影を始めた当初は「オロオロしてばかりだった」監督のカメラが、次第に選手との距離を縮め、時に人生をかけた選択に迫っていく過程は、自然と見る側と当事者の距離感も変えていく。



 相手の陣形やポジショニングを見ながら崩していくチェスのような戦術、一歩間違えれば死につながる飛行機での長距離移動や、激しいぶつかり合い。彼らにとって足、または体そのものである電動車いすの性能が大きくプレーを左右すること、そして、それを購入、維持していくための費用の問題…。

 作品はこの競技独特の魅力や奥深さを描きつつ、日本代表になるには、優れた技術だけでは足りないという現実も伝えていく。

 永岡さんは国内の主要大会で優勝し、最優秀選手にまで輝いたのに直後の日本代表に漏れた。W杯出場が一気に遠ざかり、「もう頑張る理由がない」と自暴自棄になる。何より「中村監督の期待に応えられなかったのが一番悔しかった」と言う。

 こんな時、障害者スポーツを含め、ほとんどの競技者はこう励ませるはずだ。切り替えて次を目指そう-。

 ただ永岡さん自身をはじめ、電動車いすサッカーの多くのプレーヤーが、死を現実のものとして生きている。実際に撮影した選手も、制作期間中に亡くなっている。「きょうやっていることが、あすはできないかもしれない」(永岡さん)。だからこそ彼らは、比喩ではなく「命懸けで戦う」と語る。

 永岡さんはいま、2021年にオーストラリアのシドニーで行われるW杯を目指している。「試合に臨むときは、常にその瞬間を悔いなくやり遂げたいと思っている。命の危険があるからやらないのではなく、これからも自分の判断で、その一瞬を追っていきたい。そういう思いが、この映画を見る人にも伝わるとうれしい」

 中村監督が「蹴る」というタイトルを選んだ理由についてこう語る。「現実には生身の足でボールを蹴ることができない彼らだからこそ、その言葉に重みがある」

 そこにある「彼らの生き様そのもの」を見れば、きっと障害者への見方も変わるはずだと期待している。

 映画は1時間58分。3月23日からポレポレ東中野(東京都中野区東中野4丁目)で公開されるほか、順次全国で上映される。

なかむら・かずひこ 早大在学中に映画助監督を経験。劇場映画監督デビューを果たし、その後はサッカー日本代表のオフィシャルドキュメンタリーのディレクターを長らく務めていた。2007年に知的障害者サッカーを描いた「プラウド in ブルー」、10年にはデフ(聴覚障害者)サッカー女子日本代表を追った「アイ・コンタクト」を発表。今作が障害者サッカードキュメンタリー3作目になる。福岡県出身。58歳。


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