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つなごう“平和のバトン” 藤沢で被爆の語り部招き講話会

話題 神奈川新聞  2019年02月17日 17:00

過去に広島で行われた被爆体験講話の様子 (和賀井稔さん提供)
過去に広島で行われた被爆体験講話の様子 (和賀井稔さん提供)

 毎年続けてきた児童生徒の広島訪問が途絶えても平和のリレーは絶やすまいと、藤沢の市民有志が今月19、20日、被爆体験の語り部2人を広島から招き、講話会を初めて開く。語り部の一人は「これからの平和は若い人がつくっていく。『平和のバトン』をしっかり渡したい」と使命感に燃える。

 主催するのは、藤沢の市民有志でつくる「湘南とアジアの若者による未来創造事業実行委員会」。同会は、原爆の実相について子どもたちが現地で学ぶ機会をつくろうと、約10年前に設立。毎年夏に地元の児童生徒ら約40人を広島市に連れ、被爆者の「生の声」を聞いたり平和記念資料館を訪れたりする場を設けてきた。

 しかし、こうした活動が旅行業法に抵触する恐れがあるとして2017年から現地を訪れることができなくなった。引き続き子どもたちが被爆体験を直接聴く機会をつくらなければと今回初めて、被爆者2人を招いて講話会を開催することを決めた。

 2人は1945年8月に広島で被爆した李鐘根(イジョングン)さん(90)=広島市安佐南区=と、豊永恵三郎さん(82)=同市安芸区。19、20の両日、藤沢市内で子どもたちや市民を前に自身の被爆体験を語る。

 李さんは広島鉄道局で働き始めて間もなく、爆心地から約1・8キロの場所で被爆。在日韓国人2世であることで子どもの頃から差別を受け、被爆後は被爆者としての差別にも傷つき、半世紀以上にわたり、自身の本名や被爆体験について口を閉ざしてきた。それでも「日本人以外も被爆した事実を話さないといけない」と2012年に語り部活動を始め、今では全国で自身の経験を語る。

 豊永さんは広島に原爆が投下された際、市外にいて直接被爆は免れたが、翌日から母と弟を探すため自宅がある市内に戻り「入市被爆」した。韓国を訪問したことをきっかけに、被爆後に朝鮮半島に戻った被爆者の補償を求める活動を後押ししようと1972年、支援団体を広島で設立。被爆体験の語り部としても活動しながら、韓国や中国、台湾などの在外被爆者支援を続けている。

 同会代表の和賀井稔さん(57)は「戦争や被爆の実相について子どもたちに知ってもらえたら」と広く来場を呼び掛けている。
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 李さんの講話は、藤沢市立明治中学校(同市辻堂新町)で19日午後5時半~6時半、市立藤ケ丘中学校(同市藤が丘)で20日午後1時35分~2時35分。豊永さんの講話は、市立明治中学校で20日午前11時~正午。入場無料。問い合わせは、和賀井さん電話0466(82)0290。


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