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平成の家族(1)「フラリーマン」 妻子は愛すも帰れない

社会 神奈川新聞  2019年02月15日 10:46

 昔ながらの家族像が残る一方、その有り様が多様化した平成の時代。家族の姿を追った。


武蔵小杉駅前をさすらう男性。小遣いは月5万円。いつも安上がりの居酒屋に入る
武蔵小杉駅前をさすらう男性。小遣いは月5万円。いつも安上がりの居酒屋に入る

 昭和型の「モーレツ社員」から、働き方は平成の31年で一変し、「イクメン」も月並みになったこのご時世。残業は減ったけれど、アフター5を持て余す「フラリーマン」があてもなく、街中をさすらっている。ふらふらと、家路は遠く。

 たそがれ時の武蔵小杉駅(川崎市中原区)。沿線に提灯(ちょうちん)が揺れ、背広姿が一人、また一人と暖簾(のれん)をくぐっていく。外資系のITサービス会社に勤める営業職の男性(35)も立ち飲み屋に続いた。

 駆けつけ1杯は、100円のハイボール。お通しをつまみながら、男性はひとり、ちびちびと飲み始めた。スマートフォンを取り出し、サバイバルゲームに興じる。いつもの晩酌。至福のひとときだ。

 大学を卒業してから、大手電機メーカーに務めていた。外回り営業から帰社するのは、もっぱら夕食時。それから見積書を作り、納品するシステムが仕様通りか確認する事務作業が待っていた。

 そんな旧来型の働き方に嫌気がさし、外資系に転職したのは6年前。ほぼ定時に大半の社員が退勤する環境に驚いた。分業化された職場に事務作業はほとんどない。残業は前職の4分の1ほどに減った。

 3杯目のジョッキを空けると、時計は午後9時を指そうとしていた。「さて、どうしよっかな」

 ここからほど近いマンションに、パート勤務の妻と2子が待つ。家族は愛(いと)おしいけれど、どうしても我が家に足が向かない。道草せずに直帰すれば、子どもと戯れ、風呂に入れ、寝かしつける役目が回ってくる。「父親としての期待値を上げてしまうじゃないですか」

 自身の父親も、家事や育児に熱心だった記憶はない。「おやじって、ふらふらして帰って来るもんでしょ」。千鳥足で頭にネクタイを巻き、すし折りをぶら下げて-。幼少から、サラリーマンはそんなイメージだった。

 平日くらいは「自由」を守りたいと思う。帰宅はいつも夜更けだった前職時代が習慣になり、妻の文句はない。赤ら顔でも、得意先の接待続きと勘違いされるのか、むしろ気遣われる。だから、「土日はいいパパしてます」。帳尻を合わせるためにも。


カラオケで熱唱する男性=川崎市中原区
カラオケで熱唱する男性=川崎市中原区

 やがて、カラオケ店に入った。ここも定番のコース。10曲近く歌い上げ、満足そうだ。「さあ、帰ろっか」。午後10時半、腕まくりしたシャツの袖を戻し、ようやく帰路に就いた。



「働き方改革の反動」


横浜駅を歩く30年前のサラリーマン=平成元年(1989年)
横浜駅を歩く30年前のサラリーマン=平成元年(1989年)

 「フラリーマン」はなぜ、現れたのか。この造語を考えた目白大名誉教授の渋谷昌三さん(72)=社会心理学=は「働き方改革の反動」と指摘する。


「30~40代のフラリーマン化が目立つ」と説明する渋谷昌三さん=厚木市
「30~40代のフラリーマン化が目立つ」と説明する渋谷昌三さん=厚木市

 渋谷さんはもともと、15年前に出版した著書で、家庭に居場所がない定年退職した団塊世代を指して命名した。最近は当時と比べてワークライフバランスが重視されるようになり、残業が減り、30~40代の「新種」が登場したという。

 安上がりで長居できる立ち寄り先も多様化した。お金はないけれど、時間を持て余す父親世代のニーズと合致し、近ごろはフラリーマンになりやすい環境といえるそうだ。

 慣れない家事や育児をたまに手伝い、妻の機嫌を損ねた失敗から、家路が遠のく場合もあるという。「家事・育児は主婦からすれば日課。気まぐれでペースを乱されれば当然、不愉快です」。渋谷さんは、家庭内の役割分担がフラリーマン予防に効果的とみる。

 家事や育児の無償労働を金銭に換算した場合、内閣府の直近の推計(2016年)によると、専業主婦は1人当たり年間304万5千円、仕事を持つ既婚女性は235万7千円だった。

 夫婦問題カウンセラーの小林美智子さん(59)は「妻の日常がどれだけ大変か、フラリーマンはわかっていない。夫は稼ぎ頭だからといって、家事・育児を妻に丸投げしていいわけではありません」とバッサリ。

 一方、妻側にも気遣いが必要なようだ。とりわけ、命令口調は厳禁という。「夫は責められているようで気分を害してしまう。家庭で居心地が悪くなり、さらに『恐怖症』にもなりかねない」と小林さん。「~してくれるかな?」と選択の余地を残してみては、と提案する。

 渋谷さんによると、男性は本能的に寄り道しがちな性分なのだとか。「小一時間くらいのふらふらは大目に見てあげて」。小林さんは「ただし、奥さんに甘え過ぎると痛い目に遭いますよ」


企業戦士からイクメンへ



 平成の31年で、仕事と家庭を取り巻く環境はどう変わったのだろう。

 平成は、少子化の始まりとともに幕を開けた。1989(昭和64、平成元)年の合計特殊出生率が1.57を記録し、23年前の過去最低を更新した。

 一方、平成元年の流行語に入選したのは「24時間タタカエマスカ」。栄養ドリンクのCMの標語で、長時間労働が美徳とされ、「企業戦士」がもてはやされた昭和の働き方を引きずっていた。


1985年の神奈川新聞編集局の様子。灰皿と黒電話が机上に並ぶ。長時間労働は当たり前だった
1985年の神奈川新聞編集局の様子。灰皿と黒電話が机上に並ぶ。長時間労働は当たり前だった

 91(平成3)年のバブル崩壊後、共働き世帯が専業主婦世帯を上回るようになり、少子化はさらに進む。男女を問わず、全ての労働者を対象とした育児休業法が92(平成4)年に施行され、男性の取得率は少しずつ高まった。

 「ワークライフバランス」という価値観が普及し始めたのは、07(平成19)年に策定された政府憲章が契機だった。

 合計特殊出生率は、05(平成17)年に1.26まで落ち込んで以降、持ち直す。10(平成22)年に「イクメン」が流行語に入選した。

 月末金曜に早退を推奨するプレミアムフライデーが17(平成29)年に始まった。ことし4月、罰則を伴う残業の上限規制が盛り込まれた働き方改革関連法が施行される。


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