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山田耕筰の「赤とんぼ」「この道」
童謡100年、加藤登紀子さんが市民と合唱 茅ケ崎で3月

話題 神奈川新聞  2019年02月12日 02:59

本番に向けて練習する加藤登紀子さん(前列右)と、市民コーラス「茅ケ崎童謡の会 しおさい」のメンバー=茅ケ崎市民文化会館
本番に向けて練習する加藤登紀子さん(前列右)と、市民コーラス「茅ケ崎童謡の会 しおさい」のメンバー=茅ケ崎市民文化会館

 子どもたちの心を育む童謡が誕生して100年。歌手として半世紀以上にわたり活動する加藤登紀子さん(75)が3月2日に茅ケ崎市内で開くコンサートのフィナーレで、同市ゆかりの作曲家・山田耕筰の「赤とんぼ」「この道」を地元の市民コーラスと合唱する。加藤さんは「童謡は先人から贈られた素晴らしい宝。時代が変わろうとしているいま、皆さんと一緒に歌いたい」と思いを込める。

 山田耕筰は1886年、東京生まれ。1924年、日本で初となる交響楽団を設立するが、その後、楽団が分裂。失意の中で茅ケ崎市に移り住むが、穏やかな自然環境の中で創作意欲を取り戻し、「赤とんぼ」や「この道」を作曲する。

 27年、同市南湖でつづった手記には「晴朗な湘南茅ケ崎の大気。その晴朗な大気と愛児らの素純。それこそは私の胸底に徒(いたず)らなる永き眠りを強いられていた『歌』に朗らかな暁の光をてんじた」と記されている。

 一方、加藤さんは戦時下の満州(中国東北部)ハルビンで生まれた。65年、東京大学在学中にシャンソン歌手としてデビューするが、この頃、はからずも童謡の素晴らしさに気付かされたという。

 地方のキャバレーで歌っていた時のことだ。客から「子どもの顔をしているんだから、童謡でも歌ってろ」とからかわれた。思い切って、アカペラで「七つの子」や「シャボン玉」などを歌ったところ、ざわざわしていた客席はしーんとなり、酔っぱらった客たちが涙を流し始めたのだ。

 「だれもが、心のうちで口ずさめる歌。人の心に染み込み、生き続けている歌はすごいと思った」


「童謡は先人たちから贈られた素晴らしい宝」と語る加藤登紀子さん=茅ケ崎市民文化会館
「童謡は先人たちから贈られた素晴らしい宝」と語る加藤登紀子さん=茅ケ崎市民文化会館

 その後「ひとり寝の子守唄」(69年)、「知床旅情」(71年)など数々のヒット曲を世に送り出してきた加藤さんだが、デビュー当時のことを振り返り、あらためてこう語る。

 「歌というのは、歌手がステージで歌うものではなく、みんな心の内に歌を持っていて、それを引き出すのが歌手の役割。あのステージでの出来事はそう気付いた瞬間だったし、いまも変わらずにそう思う」

 今回、ステージで共演する市民コーラス「茅ケ崎童謡の会 しおさい」は、山田耕筰の名曲を地元で歌い継いできた。1月下旬、メンバーは加藤さんとのコーラス練習に参加。コーラスの指導、指揮を務める内山喜代子さん(74)は「夢のような話。多くの人に山田耕筰と茅ケ崎との関係を知ってもらえたらうれしい」と笑顔を浮かべた。

 昨年、創作童話・童謡雑誌「赤い鳥」の創刊100年を迎えた。創刊は、政府が主導する唱歌や説話ではなく、子どもの心を育むための話や歌を創作しようと芸術家たちが起こした運動でもあり、創刊号には芥川龍之介や泉鏡花、北原白秋らも名を連ねた。

 加藤さんは「子どもたちが隣の友だちと手をつなぎ、一緒に遊べる。そんな歌を作ろうという思いが当時の詩人たちにあったと思う。傑出した文学者や芸術家たちが起こした大きな文化運動だった。そんな先人たちの思いも込められたら」と話している。

 コンサートは茅ケ崎市民文化会館(同市茅ケ崎1丁目)で午後4時半開演。全席指定で大人5500円、学生千円。チケットの申し込みは、同会館電話0467(85)1123。


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