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今こそ平和を語る 記者の視点=川崎総局編集委員・石橋学
時代の正体〈668〉朝鮮を見詰めて(下) リベラル目線にさえ

時代の正体 神奈川新聞  2019年02月02日 00:23

建国記念行事のリハーサルに向かう子どもたち=2018年9月8日、平壌市内
建国記念行事のリハーサルに向かう子どもたち=2018年9月8日、平壌市内

 女性たちはアイスキャンディーを頬張っていた。

 平壌に澄んだ空が広がった2018年9月9日、建国記念日の閲兵式とパレードに動員された10万を下らない市民が徒歩で家路に就く。2時間にわたって花飾りをかざし、「70周年祝賀」の人文字を描き続けていたのだ。務めを果たした自分へのご褒美のように黙々と口へ運ぶ姿に「お疲れさま」と伝えたくなった。

 「コマスミダ(ありがとうございます)」とおじぎをすると、はにかんだ笑みが返ってきて、ほっとする。そしてそんな自分に私は心底恥じ入るのだ。

 〈あの国には普通の人たちが暮らしていた〉
 記事にそう書かねばならぬほどゆがんだ私たちのまなざしは無知蒙昧(もうまい)で、暴力的だ。

蔑 視


 だまされるな。核を手放すはずがない-。南北、米朝の対話が始まってなお向け続ける猜疑(さいぎ)がいかに差別に染め抜かれ、根を張っているか。あらためて思い知ったのは、滞在先の高麗ホテルで居合わせた民放キー局の男性キャスターによってだった。

 沖縄の米軍基地問題をはじめリベラルな報道姿勢で知られる氏だが、訪朝は18年ぶりだという。「街や人々の様子は随分変わったでしょう」と水を向けると答えは意外なものだった。

 「平壌は相変わらず生活感がない。私にはあの高層ビルが張りぼてに見える」

 根拠不明のインターネット上の言説そのままに、街丸ごとの偽装を疑う発想に驚いた。同時に、突き放すような響きは、この国の人々に向けられたものでもあるのだろうと思えた。

 虚飾の街を造らされ、なお独裁者に従う愚かなひとたち-。

 帰国後、キャスター氏が新聞社のウェブサイトで連載する日記風コラムは大仰な描写で満たされていた。

 〈それは、「見事」という人もいるだろうし、それと正反対の感情を抱く人もいるだろう。何しろ、人間わざとは思えないほどの足を高く上げた軍兵士たちの超大規模な隊列行進と、隊列のミラクル変容が正確無比に行われるのである〉

 〈午後8時すぎ、マスゲームが始まった。集団行動が苦手な僕から見ると、これは極限的、対極的世界の信じられないようなイベントだ。これは「集団美」なのだろうか?〉

 一糸乱れず披露されてこその閲兵式、マスゲームであるはずだが、嘲笑まで聞こえてきそうな筆致は冷酷に結ばれる。

 〈個人的には、建国記念日の軍事パレードやマスゲームといった行事以上に、たいまつパレードに衝撃を受けた。全員若い人たちが演じていたからだ。彼らはこれから一体どんな人格形成を遂げていくのだろうか〉

 だから朝鮮人は信用ならない、対等な存在とは認められないという見下しの表明。報じる立場、それもリベラルなキャスター氏にしてこのためらいのなさ、無自覚ぶりなのだ。

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