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日本文学あの名場面/ロバート キャンベル(文学者)
岡本綺堂「銀座の朝」 人が語りえぬ何か

カルチャー 神奈川新聞  2019年01月27日 01:06

「銀座の朝」の一場面を拡大して読むにはこちらから(PDF)


 雑沓(ざっとう)に流れ、流され、夜ふけになれば適切な交通手段をたよって中心から少し離れた宅地へ帰る。疲れきって帰ってから街の一画に残してきたことやものたちがどんな具合に積まれ、雨ざらしでも他人をどう刺激し続けるのかを知る術はない。小説は、往々にして特定の人物の心の軌跡と身体だけを追うように出来ており、その人物を

視点やフレームから外してしまうとただの「風景描写」に成り下がり、長くは続かない。近代小説や詩歌のなかでの風景は、おのずと誰かの目線を通じた風景であらねばならない。


「銀座の朝」岡本綺堂(岩波文庫刊)
「銀座の朝」岡本綺堂(岩波文庫刊)

 岡本綺堂の短編「銀座の朝」(一九〇一年)が面白いのは、人々がいたるところに散りばめられているにも拘(かか)わらず、直接話法による台詞も独白もなく、人の声というものがまったく書き込まれていないのである。語り手は、尾張町(現在の銀座四丁目)交差点付近と思われる地点に立ったまま、夏の短夜が潰(つい)える未明から薄明かりを通って早朝の景観を極力「人情」を排したかたちで描写している。数時間の経過とともに物事が流れ、浮かび上がり、また消えていく風景をリリカルに美しく切り取った、一篇(ぺん)の叙景詩にも見える文章である。

 さらに興味深いことに、街のありとあらゆるものがまるで主人公のように振る舞うこの作品が、ゴミの羅列で始まっている。「瓜(うり)の皮、竹の皮、巻烟草(まきたばこ)の吸殻(すいがら)さては紙屑(かみくず)なんどの狼藉(ろうぜき)たるを踏みて、眠れる銀座の大通にたたずめば……」。

 近い時期に書かれた作品では蒲原有明の「朝なり」(一九〇五年)という詩があって、大川(=隅田川)と銀座通りという違いこそあれ、同じように人間が生みだした廃棄物の「狼藉たる」視点から世界を捉えようとしている。

 見よ、ただよふは瓜の皮、
 核子(さなご)、塵藁(ちりわら)、柿(こけら)くづ。
 滅(き)えがてにする朝靄(あさもや)の
 あえまを群(む)れて鴎鳥(かもめどり)、
 何を求(あさ)るか、飛び交(ちが)ふ。

 前夜の雑沓が残していったゴミの佇(たたず)まいを叙情的に謳(うた)うことで街の活気も悲哀も一連なりに包み込むのはかつての銀座を舞台とする多くの名場面であった。たとえば関東大震災からモダンに甦(よみがえ)った街を活写した安藤更生の『銀座細見』(一九三一年)。朝二時から人はまばらに、ゴミは舞う。「……夜店の捨てた紙屑(かみくず)が風に吹かれてクルクル舗道の上をころがつてゆく……」。三時からは人通りが絶える異様な静けさが街区を包み、「松坂屋の屋上にゐるライオンが夜気に怖えて、『グウオーツ』と猛烈な声を挙げる」のであった。人に代わり、その人が語りえぬ何かを求めながら。

 ニューヨーク市生まれ。国文学研究資料館長。江戸から明治時代の日本文学が専門で、特に19世紀の都市空間と人の心に強い関心を寄せている。また、文芸ジャンルを超え、日本の芸術、メディア、思想などにも造詣が深い。テレビでニュース・コメンテーターなどを務める一方、新聞や雑誌の連載、書評、ラジオ番組出演とさまざまなメディアで活躍中。


ニューヨーク市生まれ。国文学研究資料館長。江戸から明治時代の日本文学が専門で、特に19世紀の都市空間と人の心に強い関心を寄せている。また、文芸ジャンルを超え、日本の芸術、メディア、思想などにも造詣が深い。テレビでニュース・コメンテーターなどを務める一方、新聞や雑誌の連載、書評、ラジオ番組出演とさまざまなメディアで活躍中。
ニューヨーク市生まれ。国文学研究資料館長。江戸から明治時代の日本文学が専門で、特に19世紀の都市空間と人の心に強い関心を寄せている。また、文芸ジャンルを超え、日本の芸術、メディア、思想などにも造詣が深い。テレビでニュース・コメンテーターなどを務める一方、新聞や雑誌の連載、書評、ラジオ番組出演とさまざまなメディアで活躍中。

文学者の集いである「飯田橋文学会」のメンバー、平野啓一郎さん、田中慎弥さん、阿部公彦さんロバート キャンベルさん、中島京子さん、鴻巣友季子さんが神奈川新聞に連載します。
*次回は2月10日、中島京子さん。


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