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誰もが主役に 横浜の地下街に、ストリートピアノ

横浜みなと新聞 神奈川新聞  2019年01月21日 03:19

ストリートピアノの音色に足を止める聴衆
ストリートピアノの音色に足を止める聴衆

 心を込めて弾く人、それを聴いて涙する人-。「マリナード地下街」(横浜市中区)を舞台に、映画のワンシーンのような情景が繰り広げられている。演出するのは、新たに常設された誰でも自由に弾ける「ストリートピアノ」。弾き手の感情が旋律となって居合わせた聴衆の心を揺さぶり、その場限りの物語は始まる。

 1日30人以上、同地下街に登場する「主役」たち。ここでは腕前は関係ない。ただ思いを乗せて音色を奏でる。演奏を終えると聴衆から自然と拍手が起こり、新たな主役に席を譲る。

 「自由に弾けるようになるなんて、あの頃は夢にも思わなかった」。ハンガリー出身のピアニストで作曲家フランツ・リストの「愛の夢」を力強く奏でた同市南区の佐藤靖子さん(84)は聴衆からの拍手に一礼した後、感慨に浸った。


演奏後に聴衆から缶コーヒーの差し入れを受けた佐藤靖子さん
演奏後に聴衆から缶コーヒーの差し入れを受けた佐藤靖子さん

 佐藤さんが8歳のとき、戦火で自宅を失った。間借りさせてもらった叔父の家から通学し、14歳でピアノに出合った。すぐにのめり込み、家では音の出ない「紙鍵盤」を夢中になってたたいた。「当時は他に方法はなかった。家を建てようとしている時に『ピアノを買ってほしい』なんて、とても言えなかった」と振り返る。

 コンクール前、ふびんに思った母がピアノを持つ知人に頼み、練習させてもらったときも、「10分もしないうちに『もう帰ってくれ』と言われた。悲しくて、悔しくて」。自分だけのピアノを初めて奏でたのは成人になってから。給料をためて購入し、仕事の後は一目散に帰宅。就寝まで弾き続け、ピアノの下に布団を敷いて眠った。

 集合住宅に暮らし、最近はピアノを前にする機会がなかっただけに、常設を知って駆け付けた。「戦争ですべてを失い、欲しい物も買えなかった。誰でも使えるピアノなんて夢のようね。平和って素晴らしい」。涙を浮かべて喜んだ。


無償で調律する鈴木真哉さんと友人ら
無償で調律する鈴木真哉さんと友人ら

 ピアノ常設のきっかけは、市都心再生課の庄司敏雄さん。市庁舎移転を控え、文化を融合した新たな街づくりを模索するうちに、ピアノを活用したまちおこしをテレビ番組で知り、商店街の関係者に相談した。昨年7月、協力する商店街「馬車道」「マリナード」「伊勢佐木町」の頭文字を取り名付けた「BMIストリートピアノ運営委員会」を設立。ピアノは同課を介し市青少年育成センターから寄贈され、12月にお披露目された。

 「みんなで守っていきたい」と語るのは会社員の鈴木真哉さん(42)。演奏後、20年ほど前まで調律師をやっていた経験を生かして調律を無償で施した。同委員会会長で同地下街を運営する「横浜中央地下街」社長の奥田正則さんは「皆さんに支えられながら、聴く人の心に響いていくようなピアノになれば」と語った。


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