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「生き証人」に耳澄ませ
未曽有に学ぶ〈63〉語り継ぐ関東大震災(下)

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神奈川新聞  2004年09月10日公開  

博物館明治村に移築された新大橋。関東大震災で多くの人々を守り「人助け橋」と呼ばれた=愛知県犬山市
博物館明治村に移築された新大橋。関東大震災で多くの人々を守り「人助け橋」と呼ばれた=愛知県犬山市

 〈筆者は四半世紀の間、関東大震災の研究に取り組んできた地震学者である〉

 昨年9月に上梓した「減災と復興 明治村が語る関東大震災」(風媒社刊)に、そう書き出した。〈今から6年あまり前、生まれて初めて愛知・名古屋の地で生活するようになった。暮らしはじめてすぐのこと。意外な事実を知った〉

 震災に関する膨大な記録を読み直し、長らく伝えられてきた犠牲者数の誤りも指摘してきた名古屋大客員教授の武村雅之(66)は、禁じ得ない驚きを率直につづった。こう続ける。〈名古屋市千種区の日泰寺に大正12(1923)年の関東大震災の供養堂と慰霊碑があるというのである。なぜ、被害がほとんど出ていない名古屋市に慰霊施設があるのだろうか〉

 震災研究の第一人者として、被害の激しかった東京や神奈川に残る慰霊碑や復興碑、遺構を調べ上げてきた武村。四半世紀に及ぶ地道な研究のきっかけとなったのが、1995年1月17日の阪神大震災だった。


明治村の存在意義について語る武村さん=昨年9月、名古屋大減災館
明治村の存在意義について語る武村さん=昨年9月、名古屋大減災館

 発生の2日後、被災地に入った武村は大都市が壊滅した凄惨(せいさん)な光景に言葉を失った。メモを取ることも忘れ、その場に立ち尽くしたあの日が転機となり、一つ前の大震災である関東大震災を徹底解明すると決意した。芽生えたのは、教訓を備えに生かす「防災の志」だ。

 当時の被害記録から震度分布や余震による揺れの状況も解析。小田原市付近を震源とする23年9月1日午前11時58分の本震だけでなく、続発した余震でも震度7相当の揺れになっていたことを突き止めた。

広がる善意

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