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神奈川と平成・寿(中) 「黙ってられない」絆の共助

社会 神奈川新聞  2019年01月15日 09:00

低家賃住宅と日雇い労働者の保護や職業紹介を図る複合施設「寿町総合労働福祉会館」。再整備のため閉館した=2016年3月
低家賃住宅と日雇い労働者の保護や職業紹介を図る複合施設「寿町総合労働福祉会館」。再整備のため閉館した=2016年3月

(上)高齢化率6割「都会の限界集落」

 「もう黙って見ていられない。炊き出しをやらないか」

 最初に声を上げたのは、横浜・寿地区の老人クラブ「寿櫟(くぬぎ)の会」の当時の会長だった。

 バブル景気が崩壊した1990年代から、仕事がなくなり手持ちのお金が尽きて野宿をする人たちが全国で急増した。

 会社が倒産したりリストラされたりと、働き盛りの中年男性の姿もあった。寿地区でも「センター」と呼ばれた寿町総合労働福祉会館前の広場や路上などで寝ている人たちが増え始めていた。

 地区内で活動する自治会や労働組合などの団体が集まって「寿炊き出しの会」を立ち上げ、寒さが厳しさを増しつつあった93年12月1日に最初の炊き出しを行った。老人クラブのメンバーらが中心となって町内会館で調理し、250食を配った。

 「路上に人がいなければならない社会は間違っている」。当初から参加している団体の一つ、寿日雇労働者組合の近藤昇さん(70)は同会に関わる人々の思いを代弁する。

 しかし、「ホームレス状態の人たちを支援するのはおかしい」と誰からともなく言われ続けた。「野宿者は怠け者である」。そう決めつける無責任な声もあった。そのたびに近藤さんは「それは違う。炊き出しなどが必要でない社会をできるだけ早くつくっていかないと駄目なんだ」と説いてきた。

 自分の生を全うできる仕事、住む場所、食事を確保することは、誰もが保障されるべき基本的な権利だ。それにもかかわらず、多くの人が自分の力ではどうにもできない状況に追い込まれている。「平成」の時代を通して、この国では貧困層が拡大し、寿での配食数も増加傾向にある。近藤さんはこの現実に将来への不安を感じている。

 一方、炊き出しはささやかな行為だが、近藤さんたちの思いが共感を広げている。会場では医療・生活・法律の無料相談を担う人たちがいる。全国から中高生や大学生、社会人らがボランティアに参加し、カンパも寄せられる。

 近藤さんたちが最も力を入れる炊き出しは、寿公園を拠点に日雇い労働者や路上生活者を支援する「寿越冬闘争」だ。行政機関が閉庁する年末年始を通して毎日、昼食を提供し、路上生活者への夜のパトロール時に温かいスープを配る。年越しそばは例年1200食にもなる好評ぶりだ。

 路上で暮らす仲間たちから「ネコ」と呼ばれている50代の無職の男性は「この冬は例年よりもだしがうまい」と3杯もお代わりし、ようやく満足した様子だった。

 寿越冬闘争の実行委員会は、炊き出しの会にも加わる寿日雇労働者組合や寿医療班、寿支援者交流会、日本キリスト教団寿地区センターなど7団体で構成している。いずれも防災や交流イベントで地域の担い手として強い絆で結ばれており、困窮する人たちに手を差し伸べてきた仲間だ。

 今冬の最終日となった今月4日早朝、寿地区の簡易宿泊所(簡宿)で10人が死傷する火災が発生した。メンバーは犠牲者を悼みつつ現場に駆け付け、肌着姿や放水でぬれた衣類で焼け出されて寒さで震えていた宿泊者たちに毛布や靴下などを手渡した。

 「日雇い労働者の街」から「福祉の街」に変貌した寿地区は、超高齢化社会を迎える日本社会の象徴といわれる。寿で活動を積み上げてきた近藤さんは切望する。「人と人との助け合いやつながり、活発な交流のある街にしたい」 

(2019.1.13掲載、三木 崇)

(下)変わるべきは社会


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