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【記者の視点】整理部・武藤龍大
がん最前線 「働かなくていい」やじ問題(下)マナーでなく健康問題

社会 神奈川新聞  2017年06月25日 09:07

自民党厚生労働部会であいさつする塩崎厚労相=5月15日、東京・永田町の党本部
自民党厚生労働部会であいさつする塩崎厚労相=5月15日、東京・永田町の党本部

 「ナイスゲーム」

 そう言って、互いのたばことたばこをちょんと合わせ、“タッチ”をする。それがチームメートとの勝利の儀式のようなものだった。

 学生時代に所属していた準硬式野球部。試合後、着替えてからよく一服した。体の隅々まで満たされる感覚は、勝利を全身で味わっているようで格別だった。

 今34歳の私は、6年ほど前まで喫煙者だった。あえて愛煙家という言葉は使わない。美化しているようだからだ。禁煙には、病院やグッズには頼らず、丸腰で挑んだ。あったとすれば、根性と意地だけ。きっかけは、胸を張れたものではないが、当時の交際相手の「やめて」という一言だった。

 母を胃がんで亡くした経験も後押しした。母は病状が進行すると、食べ物だけでなく、水分でさえ胃が受け付けなくなった。乾きそうな舌を湿らすようにジュースを数滴口に含み、「おいしい」と言って喜ぶ姿を見るのは、かえってつらかった。だんだんと痩せ細っていく体にも、病の脅威を感じた。やはり、健康でいたいと思う。

 たばこの煙が、がんのリスクを高めることは、国立がん研究センターの研究結果も示している。受動喫煙にさらされる店はできる限り、避けるようにしている。

障壁


 物議を醸した「(がん患者は)働かなくていい」というやじ。直接的には就労に関わる問題だが、受動喫煙対策について議論されている自民党厚生労働部会の場で発せられたもので、「禁煙派」対「喫煙派」の構図が背景にある。発言の主である大西英男氏の事務所によると、本人は屋内禁煙に反対する同党のたばこ議員連盟に所属しているという。

 禁煙派と、たばこ産業や飲食業界を含めた喫煙派。相容れない双方にとって喫煙規制の議論は、一筋縄ではいかない。神奈川でもかつて、難航した例がある。

 県と県議会が、受動喫煙防止条例(2010年4月施行)の制定を目指していたころ、当初、方針として掲げた「公共的施設での全面禁煙」から後退し、飲食店や宿泊施設などでは禁煙と分煙の選択制となった。小規模な店舗や施設などは、規制の対象外に。全国でも同じ傾向といい、分煙化も、禁煙派にしてみれば妥協する格好で進んでいる。

 しかし、健康被害を防ぐには不十分だ。禁煙席と喫煙席が仕切られていない店舗がある。仕切りがあっても、扉の開閉時に煙は禁煙席にも広がる。屋内禁煙の実施を求める全国がん患者団体連合会の天野慎介理事長が「完全な分煙は不可能」と指摘するように、結局は従業員も客も受動喫煙にさらされる。

 世界的に屋内禁煙を実施する国は増えていると聞くが、日本では議論が深まっていないように感じる。「路上禁煙が進んだことで、屋内も規制したら、喫煙者は吸う場所がなくなる。喫煙者の理解を得にくい状況が、一つの障壁となっている」という。

 ならば、屋外の喫煙スペースを確保することが、理解を得る一手になるかもしれない。天野理事長は「屋外禁煙の在り方も含めて議論するのが現実的だ」と指摘する。

 それでは、喫煙規制が後退することにもなりかねないが、煙が充満する屋内を禁煙とする方が効果的ではないか。「受動喫煙防止対策は、マナーの問題ではなく、健康被害を防止することに本質がある」という天野理事長の主張は、説得力がある。

共感


 「デリケートな問題」と心得る天野理事長は、要望活動に取り組みながらも、慎重に対応している。「本気で禁煙を推進している議員は、割合としては少ない。それに対して、本気で反対している議員も同じく少ない。たばこ議連と禁煙推進議連の両方に名前を連ねている議員も多く、そうした中間層の協力を得られるかが鍵になる。対立するようなやり方では実現しない」とみているからだ。

 そんな天野理事長も、がん経験者。「一つ一つ治療の選択肢がなくなっていく恐怖に襲われ、命の期限が縮まっているのをひしひしと感じた」と、闘病を振り返る。

 「これ以上、がんで苦しむ人を増やしたくない。望んでいない人がたばこの煙にさらされる問題は、解決しないといけない」。その言葉には、母を亡くした経験も手伝い、共感することができた。

 現在、屋内禁煙を目指す厚生労働省と、「表示制」の下で喫煙や分煙を可能にしようとする自民党の間で調整が続く。受動喫煙にさらされ続ければ、体は有害物質にむしばまれていく。そのことから目を背けた議論は空虚だ。


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