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青い氷川丸の謎解明 日本郵船「情報に感謝」

横浜みなと新聞 神奈川新聞  2019年01月14日 00:20

青い氷川丸をバックに写真に納まる曲沼さん家族。生後4カ月の長女が抱かれている=1985年9月16日(曲沼さん提供)
青い氷川丸をバックに写真に納まる曲沼さん家族。生後4カ月の長女が抱かれている=1985年9月16日(曲沼さん提供)

 横浜市中区の山下公園前に1961年に係留され、ミナト横浜のシンボルとして親しまれている氷川丸。80年代のわずかな期間、船体が鮮やかな青色をしており、いつ塗られたのかが謎となっていた。本紙の報道がきっかけとなって多くの情報が寄せられ、氷川丸を所有する日本郵船は、船体が青色に塗装されていた時期は「84年12月から88年12月までの4年間」と特定することができた。

 「いつから青い氷川丸の『謎』」-。2018年9月5日付本紙の1面と「横浜みなと新聞」で、氷川丸や専門家への取材、文献や本紙の過去記事などから調べたものの、船体が緑色から青色になった時期は正確には分からなかったと紹介。氷川丸の歴史をまとめている日本郵船歴史博物館(同市中区)が情報を求めていると記した。

 情報を寄せてくれた読者の中には、青い氷川丸をバックにシャッターを切った家族写真を示してくれた人がいた。

 曲沼(まがぬま)陽康さん(59)は記事を読み、長女が幼いころに氷川丸を見に行ったことを思い出した。古い写真を確かめたところ、85年9月16日に家族で氷川丸に乗船したときの写真が出てきた。

 4カ月の長女沙織さんを幸せ一杯の表情で抱いた妻を山下公園で撮影していた。転勤で仙台から東京・赤羽へと引っ越したばかりで、この日は家族そろって初めての横浜を満喫した。「氷川丸の船体は鮮やかな青色という印象だった。今の船体は黒色なので驚いたほど」と笑顔を見せる。

 曲沼さんは横浜市中、西区が管内の横浜中税務署長を務めている。青い氷川丸の思い出は昨年11月16日、税務関係団体の役員らが参加した講演会で披露した。「神奈川で働くのは初めてだが、氷川丸のそばにいるのは何かのご縁。地域のために尽くしたい」と話す。

 他にも、幼稚園の卒園遠足で山下公園に行き、氷川丸をバックに記念写真を撮影したという証言が多かった。ある女性は「氷川丸は私だけでなく、横浜に慣れ親しんだ者にとっては、大好きな船です」とメッセージを添えた。

 数々の情報提供を受けて、船体が青色だった時期が判明した。氷川丸の歴史に詳しい同館学芸員の遠藤あかねさん(38)は「係留後の氷川丸を巡る思い出が数多く寄せられ、多くの市民から愛されているのが伝わった。氷川丸も喜んでくれていると思う」と感謝している。


「青い氷川丸」を家族で訪れた思い出を語る曲沼さん=横浜市中区の横浜中税務署
「青い氷川丸」を家族で訪れた思い出を語る曲沼さん=横浜市中区の横浜中税務署

本社撮影の航空写真には、青色に塗られた氷川丸が写る。横浜マリンタワーは当時、赤と白のしま模様だった=1987年8月
本社撮影の航空写真には、青色に塗られた氷川丸が写る。横浜マリンタワーは当時、赤と白のしま模様だった=1987年8月

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