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刻む2018〈12〉涙の謝罪も、真情みえず 東名あおり事故公判

社会 神奈川新聞  2018年12月27日 01:30

判決公判のあった14日朝、横浜地裁前には傍聴券を求め多くの人が訪れた=横浜市中区
判決公判のあった14日朝、横浜地裁前には傍聴券を求め多くの人が訪れた=横浜市中区

 「あおり運転」への批判が高まる契機となった東名高速道路の一家4人死傷事故の裁判員裁判で、横浜地裁は今月、自動車運転処罰法の危険運転致死傷罪の成立を認め、無職の男(27)に懲役18年の判決を言い渡した。被告は、事故後もハンドルを握り続けて危険な運転を繰り返していた一方、公判中は涙を流して遺族らに謝罪。捜査関係者も「今まで見たことがないタイプの人間」と話す被告の真情はどこにあるのか、公判を終えた今も見えてこない。

 「彼は“難しい人”ですよ」。公判前の取材で弁護人は、被告の人柄をそう表現した。「極めて語彙(ごい)が乏しく、何かを尋ねても、一言、二言しか返ってこない」。遺族へ謝罪文を書こうとしても言葉が継げず、元来のふてぶてしい態度も感情をうまく表に出せないがゆえの素質の問題だ、と弁護人は指摘した。

共感性の欠如


 口数の少なさは逮捕後の取り調べ時も同様だった。捜査関係者は「寡黙で感情の起伏があまりなかった」と回顧。質問が理解できず聞き直すことも多かった半面、「自分はいつ車に乗れるようになるのかと、しきりに質問してきたのが印象的だった」と明かす。

 置かれた状況を理解する能力や他者への共感性に乏しい側面がうかがわれ、そうした被告の言動は時に物議を醸し、世間の怒りを買うことにもなった。

 「記者のことやら信用しとらんけん、タダで事件のこととか普通に考えて教えんよ」-。被告は6月、神奈川新聞の取材依頼に、手紙でそう返信してきた。接見取材に訪れたテレビ局の記者には「ぶっ殺すぞ」とすごみ、別の記者には面会に応じる代わりに30万円を要求したとも報道された。

車中心の生活


 公判では、被告の生い立ちや性格を、近しい人たちが証言した。

 被告は福岡県内の高校に入学したものの、途中で退学。その後は建設作業員など職を転々としていたという。被告が20歳の時に両親が離婚し、しばらくは母親と暮らしていたが、事故時は1人暮らしだった。

 当時の交際相手で、東名の事故時も被告の車に同乗していた女性は「遊ぶ際は車で出かけることがほとんどで、本当に車を大事にしていた」と説明。父親も「月1、2回程度やって来て洗車や車いじりをしていた」と述べ、被告が車を中心とする生活を送っていた様子が浮かび上がった。

 「子どもやお年寄りが好きだった」。公判でそう語った女性は「信じてもらえないかもしれないけれど、私にはとても優しい人でした」と声を震わせた。

揺れ動く感情


 それまで表情を大きく変えることなく、法廷の片隅のいすに腰掛け、審理に臨んでいた被告の感情が大きく揺れ動いたのは、公判3日目、被告人質問の時だった。

 証言台に立った被告は、事件の発端となった中井パーキングエリアでのトラブルや頭に血が上ったこと、あおり運転の詳細を淡々と供述。質問が事故に巻き込まれた一家の娘2人に及ぶと、涙ぐみ、嗚咽(おえつ)をこらえるかのようにハンカチで目頭や鼻を押さえた。

 「このような事件を起こして申し訳ない」。公判を通じて初めて口にした謝罪もやはり、声を詰まらせながらだった。検察側に涙の理由を問われた場面では、「(両親を)死なせてしまって、申し訳ない気持ち」と力なく語った。

 「真摯(しんし)に反省しているとまでは評価できない」、「常軌を逸している」-。

 判決は被告に厳しい言葉を並べ立てたが、ずっと寄り添ってきた弁護人は、被告の心底をこう分析した。

 「感情が読めず、淡々としていた面会時の様子からは想像できなかった。涙を流したのは驚いたし、反省の気持ちが出たのではないか」

 ◆東名一家4人死傷事故 2017年6月5日夜、大井町の東名高速道路で発生。事故現場から約1キロ手前の中井パーキングエリアで、車の止め方を注意された被告(27)が憤慨。静岡市の男性=当時(45)=一家のワゴン車の進路をふさいで路上に停車させ、後続の大型トラックが突っ込む事故を引き起こした。男性と妻=当時(39)=が死亡、長女(17)と次女(13)も軽傷を負った。横浜地裁は今月14日、懲役18年の判決を言い渡したが、被告の弁護側が控訴した。

京都10人死傷事故 遺族の男性
「想定外」起きぬ法制度を


 無職の男(27)の裁判員裁判には、無免許運転の車が児童らの集団登校の列に突っ込んだ事故で長女=当時(26)=を亡くした男性(55)が傍聴に足を運んだ。「遺族にとっては、裁判が終わってからが本当の闘いになる」。自身の経験からそう語る男性は、残された家族を思いやり、今後も支援を続けると誓った。


判決公判後、報道陣の取材に応じる中江美則さん =14日、横浜地裁前
判決公判後、報道陣の取材に応じる中江美則さん =14日、横浜地裁前

 男性は京都府南丹市の中江美則さん。2012年4月に同亀岡市の府道で、無免許だった少年の軽乗用車が児童らの列に突っ込んで3人が死亡、7人が重軽傷を負った事故で、妊娠中だった長女を亡くした。

 中江さんは、危険運転致死傷罪の成立が認められた今回の判決について、「遺族は夫妻を亡くされた中で精いっぱい闘えたのではないか」と安堵(あんど)の表情を浮かべた。一方で、「自分は6年たっても心の底から笑うことができていない。(亡くなった)夫妻の娘さんたちが今後、事故のことを背負っていくと思うと苦しすぎる」と複雑な心境を明かした。

 亡くなった男性=当時(45)=の母(78)と知り合ったのが、今年2月の犯罪被害者支援の催しだった。危険運転致死傷罪の成立が焦点となりそうな公判の状況に、かつての自身の境遇を重ね合わせた中江さんは「行方を見守りたい」と決意。男性の母や娘2人と交流を重ね、できる限りの支援を継続してきた。

 自身は当時、亀岡市の事故を起こした少年に危険運転致死傷罪を適用するよう求めたが、罰則の軽い自動車運転過失致死傷罪などで有罪が確定した。中江さんは「どんな交通事故でも加害者の逃げ道がつくられないよう、想定外ということが起こらない法制度にしてほしい」と切実な思いを吐露。「そのためにも、今後も意見を発信する立場になれれば」と話している。


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