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刻む2018〈10〉利便性と安全性どう両立 新幹線3人殺傷事件

社会 神奈川新聞  2018年12月25日 01:36

殺傷事件を受け、小田原駅に長時間停車したままの東海道新幹線のぞみ265号=6月9日午後11時30分ごろ、小田原市
殺傷事件を受け、小田原駅に長時間停車したままの東海道新幹線のぞみ265号=6月9日午後11時30分ごろ、小田原市

 「今、電話してる場合じゃないんだ」。捜査幹部の緊張と怒気をはらんだ声に、質問は遮られた。「悪いけど切るよ」。通話は途切れた。新幹線で複数人が刺されたらしい-。情報の真偽を確かめようとかけた電話は、それが事実であることを物語っていた。

 6月9日夜、新横浜駅を出発した東海道新幹線のぞみ265号(16両編成)は小田原駅へ向かっていた。12号車の後方から3列目、2人掛け座席の左側。立ち上がった無職小島一朗被告(22)の手には、バッグに隠して持ち込んだ「なた」が握られていた。

 被告はいきなり、右隣に座っていた女性(26)の頭を切り付けた。異変に気付いて2列後ろの座席から駆け寄った男性会社員=当時(38)=に腕をつかまれたが、振りほどき、通路を挟んで左隣にいた別の女性(27)にも切りかかった。

 一度倒された男性は起き上がり、再び被告を制止しようと立ちはだかった。けがを負った女性2人は別の車両に避難できたが、男性はもみ合いの末に執拗(しつよう)に襲われ、殺害された。混乱のまま小田原駅に到着した車内で、被告は現行犯逮捕された。



 「誰でもよかった」「人を殺す願望は昔からあった」「むしゃくしゃしていて、社会を恨んでいた」

 県警の調べに対し、被告は身勝手な動機を並び立てた。捜査関係者は「投げやりな態度もあって、正直よく分からない」と困惑した表情を浮かべる。犯行に至るまでの経緯は解明し切れていない。

 事件の半年前に愛知県の親族宅を飛び出した被告は、自転車で長野県にたどり着いた。公園で野宿する姿が目撃されるなど、放浪生活を送っていたという。時折、祖母の口座から現金を引き出していたが、残高は数カ月間でほぼ底をついていた。

 凶器のなたは、事件前日に長野のホームセンターで購入したことが、県警の捜査で明らかになっている。当日は午前中に特急列車で都内に向かい、バッグに複数の刃物を潜ませ、東京駅で新大阪行きの東海道新幹線に乗り込んだ。

 横浜地検小田原支部は、約4カ月間にわたる精神鑑定の結果を踏まえ、11月に殺人と殺人未遂などの罪で起訴した。



 手軽に素早く長距離移動できる新幹線は、ひとたび凶行が起きれば逃げ場のない閉鎖空間に変わる。事件は、利便性と安全性の両立という難題をあらためて突き付けた。

 東海道新幹線では2015年6月、事件と同じ新横浜-小田原間で男=当時(71)=が焼身自殺を図り、女性客=当時(52)=らを巻き添えにする惨事が起きた。JR各社は車内に防犯カメラを増設するなどの措置を講じたが、十分な対策とはなり得なかった。

 当時も議論された手荷物検査の導入は、今回も事実上見送られた。JR東海は事件後の取材に、検査に要する人員や場所の確保が容易ではないとの理由から「現状では困難」と明言した。危険物を検知する技術の開発は進むが、実用化には至っていない。

 今後、ラグビーW杯を皮切りに、東京五輪・パラリンピックや大阪万博などの国際イベントが相次ぐ。日本の大動脈である新幹線の便利さを担保しつつ、防犯対策を強化する妙案は見いだせていないのが実情だ。

社会に向けた刃 なぜ



【記者の視点=報道部・堤正喜】 小島一朗被告(22)の心の闇は、最悪な形で発露した。大学で精神分析学を専攻していた私の脳裏からは、事件のことが今も離れないでいる。あらためて関係者の証言を求め、被告の実像に迫るために、私は今月中旬、出身地の愛知県へ向かった。

 被告は1995年に愛知県一宮市で生まれた。学校関係者らによると、幼少期から読書に親しみ、中学校では剣道部に所属。同級生からは「イチロー」と呼ばれる「ごく普通のおとなしい子」だった。

 しかし、いつしか欠席が目立つようになった。生活リズムは乱れ、昼夜も逆転。学校側はこの時点で、被告が両親との間に問題を抱えているとの認識を持っていたという。

 市内の定時制高校を卒業後は職を転々とした。両親とは距離を置く半面、母方の祖母との関係を深め、養子に入り、実家を出て祖母と暮らすようになった。

 こうした外形的な事実から、被告が「生きづらさ」を感じていたであろうことは容易に想像がつく。その苦悩は、最大の理解者だった祖母ですら受け止めきれず、無差別殺傷という凶行に帰結した。どこかで、誰かが、止めることはできなかったのか。

 自宅前で取材に応じた祖母は「取り返しがつかない。罪は償わないといけない」と目を伏し、「なぜ、あの子があんなことを」と言葉を詰まらせた。

 「人を傷つけない」「悪口は言わない」。そんな風に話す被告を「心根の優しい子」だと感じていた。難解な哲学の本を愛読し、「自分はいない方がいい」と自説を展開したり、プライドの高さをのぞかせたりする一面もあったが、「最愛の孫」だった。

 祖母は事件以降、4回にわたり面会を求めたが、固辞されたままだ。手紙の受け取りも拒まれている。それでも「また一緒に暮らしたい」「心を開いてくれる日まで待ちたい」と話す姿からは、悲壮な覚悟が見て取れた。

 被告の父親は事件後、「(被告と)親子関係はない」と言い切った。いびつともいえる生育環境が、被告の人格形成に何らかの影響を及ぼしたことは確かだろう。だが、事件の原因を生育環境のひと言で片付けては短絡的に過ぎる。

 「社会を恨んでいた」と動機を供述した被告。矛先がなぜ社会に向かい、無関係の市民に凶刃を加えるに至ったのか。そもそも生きづらさを抱えた要因は何だったのか。頭に浮かぶいくつもの疑問は、程度の差こそあれ、この社会のあちこちに存在している。同種の事件を防ぐために報じるべきものは何か、自問している。


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