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時代の正体〈483〉なぜいま教育勅語(下)長期政権の弊害あらわ

時代の正体 神奈川新聞  2017年06月17日 10:01

日本教育学会会長の広田照幸・日大教授
日本教育学会会長の広田照幸・日大教授

【時代の正体取材班=成田 洋樹】森友学園問題に端を発した教育勅語を巡る問題は、時の政権与党の意を受けた形で教育行政が進められかねない恐れがあることを浮き彫りにした。安倍晋三政権下で教育政策の決め方が変化していることと地続きなのか。日本教育学会会長の広田照幸・日大教授に聞いた。

政治との距離感


 今回の教育勅語を巡る問題の背景として、安倍政権になってからの教育政策の決定過程の変化を考える必要がある。

 文部科学省はこれまで、教育内容に関わる政策を立案する際、与党の政治家からは一定の距離を置くよう努めてきた。例えば、具体的な教育内容の作成は、中央教育審議会(中教審)などで外部の有識者に検討してもらうやり方を取ってきた。

 安倍首相の友人が理事長を務める加計(かけ)学園の獣医学部新設問題で「行政がゆがめられた」と告発した前川喜平・前文部科学事務次官が2002年に「文部省の政策形成過程」という論文をまとめている。(城山英明・細野助博『続・中央省庁の政策形成過程』所収)
 1990年代までの教育政策の立案過程が整理された論文には、文部省(当時)の各種の審議会が政治介入の歯止め役を担っていたことが記されている。

 〈大学審議会、学術審議会や教育課程審議会さらには中教審も、ある意味で国民の政治的自由を尊重しつつ中立・公正かつ妥当な文部行政が行われるよう(すなわち剥(む)き出しの「政治」が文部行政を左右することがないよう)政府を監視する機能を負っていると見ることもできよう〉
 つまり、当時の文部省は各種の審議会で重要な方針を審議・決定してもらうことによって、与党の政治家や文部省以外の省庁からの圧力による政策案の押し付けを回避していたという。

 一方の安倍政権下ではどうか。予算を握る財務省の影響は確かに大きい。加計学園獣医学部新設について文科省に「総理の意向」として伝えたとされる内閣府や経済産業省も自前の審議会などで教育政策案を提言することがある。だが、教育内容に介入し学校現場のコントロールにも関心を寄せるのは、自民党で教育政策に取り組んでいる「文教族」だ。自分たちがやらせたい教育を学校現場に押し付けようとする。例えば、教科書検定の強化や教育委員会制度の改正といった改革は文教族の意向が反映されている。

 4年超の長期政権となり、支持率も下がらない。この機会を逃すなといわんばかりに、文教族の意向がじわじわと文科省に入り込んでいる。文部官僚は、政治家からの理不尽な要求に対して政策化への「時間稼ぎ」や「骨抜き」という形でかわす余地が、以前に比べて小さくなっている。

 中教審などの審議会も、政治的に決定された改革案を追認するだけの下請け機関化してきている。これらは明らかに長期政権の弊害だ。

家族像押し付け



 自民党の議員は「昔の親はしっかりしつけをしていた」「家庭の教育力が落ちている」などと盛んに言うが、事実誤認にすぎない。保守層が理想とするような「威厳のある父親が働き、優しい母親が家事・育児に専念する」という家族は高度成長期に広まるまで、都市部の一部の余裕のある階層に限られていた。子どものしつけや教育に時間を割ける家庭は少なかった。

 自民党が成立を目指す家庭教育支援法案というのは、国や自治体の支援策への協力を住民に求める内容だ。一見すると、家庭教育が良くなるならいいのではと思う人もいるかもしれないが、DV防止法や児童虐待防止法などと違って家庭に介入する際の条件がない。支援を名目に家庭が無制限にチェックの対象になる恐れがある。保守層が理想とする家族像の押し付けにもつながりかねない。

 確かに支援が必要な困窮家庭などはある。それは雇用や福祉で対応すべき話で、家庭教育を変えることが処方箋ではない。

 そもそも特定の家族像を押し付けようとするのは、法と道徳の区別がついていないということだ。近代国家では行政が行う領域は法で定めて、「いかに生きるか」といった道徳の部分は市民の自由に任せるのが原則だ。

 戦前は法と道徳を区別せずに、行政が庶民生活の細かなところまでコントロールする社会をつくってしまった。戦後の憲法や教育基本法ではそれを反省し、市民の自由を尊重して「私」の領域に関わる細かなことは条文に盛り込まなかった。それを戦前のような形に再び戻そうとしている。人権や自由といった戦後改革の重要な理念を掘り崩そうとしている。


民主主義どこへ


 2013年に特定秘密保護法案が国会で審議されているとき、自民党の石破茂氏は国会前での抗議行動について「大音量のデモは、本来あるべき民主主義の手法とは異なる」などと批判した。デモに集まった人たちの声が単なる騒音にしか受け止められていないのだ。

 選挙で多数派を占めた政治家たちにとっては、異なる意見に耳を傾けながら物事を決めていく民主主義は存在しないほうがいいということなのだろう。中身のある論争をできるだけ避けて、立法と行政の形式的手続きだけであらゆることを片付けてしまいたいのではないか。

 この考え方では、選挙で勝った者の判断と決定に、国民はただ従えばよいのだと言っているのに等しい。国家が求める「正しい」考え方に沿って、末端の活動を下支えするのが国民の役割だという発想が透けて見える。自民党改憲草案第12条の「国民の責務」で「公益及び公の秩序に反してはならない」とされているのは象徴的だ。

 保守派だけではない。経済活動を重視する新自由主義者の発想は、「専門家がさまざまな改革や技術開発をして社会を設計し、市場原理が調整をするから、民主主義の手続きは不要だ」という論理をはらんでいる。

 保守派と新自由主義者が描く政治では、主権者である国民は不在だ。このままでは民主主義の居場所が狭まっていかないか。

 教育勅語や家庭教育支援法案を巡る問題から浮かび上がるのは、社会にはさまざまな価値観があることを認めないばかりか、時の政権が「正しい」とする価値観を学校や家庭に教え込もうとする姿勢である。

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