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日吉台中、金沢総合高
つなぐ横浜大空襲(3)表現で培う平和の芽

社会 神奈川新聞  2017年05月31日 10:34

演劇部員に指導する顧問の山田容弘教諭=25日、横浜市港北区の市立日吉台中学校
演劇部員に指導する顧問の山田容弘教諭=25日、横浜市港北区の市立日吉台中学校

演劇部員に指導する顧問の山田容弘教諭=25日、横浜市港北区の市立日吉台中学校
演劇部員に指導する顧問の山田容弘教諭=25日、横浜市港北区の市立日吉台中学校

 「地下道にうずくまっていると、その天井を突き抜けて焼夷弾が入ってきて火を噴き出した」「地獄とはこんなところかと思う」

 5月下旬、横浜市立日吉台中学校(同市港北区)の放課後の教室に、気迫のこもった声が響く。同校の演劇部の1、2年生が、6月3日に横浜市内で開かれる横浜大空襲を語り継ぐ「平和のための戦争展inよこはま」で演じる朗読劇の稽古を重ねていた。

 指導に当たっているのは、顧問の山田容弘教諭(58)。10年前から同展に参加し、書き下ろした朗読劇の脚本は8作目。今回は横浜大空襲の証言集を基に、横浜駅周辺や日吉地区などを中心に取り上げた。

 「市井の人こそ犠牲になる戦争の恐ろしさや悲惨さを風化させてはならない」。山田教諭を駆り立てるのは、戦争に対する抵抗が薄れることへの危機感だ。

 昨年に続いて2度目の舞台に立つ部員たちの意識の変化に手応えを感じる。「大編隊」「防空壕(ごう)」「弾着点」。台本には聞き慣れない言葉もあるが、せりふの意味を辞書で調べたり、部員同士で話し合ったりして理解を深めるようになった。

 「遠かった戦争のイメージが少しずつ鮮明になってきた。見に来てくれた人に、私たちが暮らしている横浜も戦場だったということを考えてもらいたい」。2年生の相良碧海さん(13)はそう意気込む。

 戦後70年以上たち、戦争体験者が高齢化し減り続けている。こうした現状を前に、山田教諭はこう訴える。「記録に残るのは被害の大きさを示す数字ばかり。記録にないものはなかったことにされてしまう。だからこそ、当時の人々の声に耳を傾け、将来に残していかなければならない」

 地元で起きた空襲の悲劇をモチーフに、生徒とともにオリジナル曲を作った高校教諭もいる。県立金沢総合高校(同市金沢区)の吹奏楽部顧問、山崎栄一教諭(59)だ。


奏楽部の部員たちとオリジナル曲を作った山崎栄一教諭=16日、横浜市金沢区の県立金沢総合高校
奏楽部の部員たちとオリジナル曲を作った山崎栄一教諭=16日、横浜市金沢区の県立金沢総合高校

 地域に目を向けてほしい-。そんな思いから、これまで赴任した学校で地域に伝わる民話や歴史などにちなんだ曲を吹奏楽部の部員たちと作ってきた。その数はすでに20を超える。

 2年前の戦後70年の節目に取り上げたのは、米軍機の爆撃で130人以上が犠牲になったとされる「富岡空襲」。曲想を練り上げる中で、生徒たちが通学で利用している京急富岡駅近くのトンネルで多くの犠牲者が出たことを知った。

 約20人の部員を連れ、近くの慶珊寺(同区)に住職を訪ねた。豪雨のような音を立てて爆弾が降り注いだこと、寺の庭に40体ほどの遺体が並べられたこと、家族が遺体にすがりついて泣き叫んでいたこと。住職の子どもの頃の体験を聞いた生徒が考え抜いた旋律を取り入れ、何度も楽譜を修正して仕上げた。

 完成した曲は「横浜・富岡空襲の記憶から未来へ」。約10分にわたる曲は、序盤で戦争の影が忍び寄ってくる緊迫した雰囲気を伝え、ホルンで空襲警報を表現。最後はわらべ歌などを取り入れ、復興に立ち上がる人々の力強さを表した。

 「生徒自身が歴史を受け止めたからこそできた曲。与えられた楽譜とは違う、大きな価値がある」と山崎教諭。そして今、この経験を語り継いでもらいたいと願う。「それが、体験者から直接話を聞いた者の責任ではないか」


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