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関東大震災:土砂災害167カ所 死者1000人超、国報告を3割上回る

社会 神奈川新聞  2013年11月24日 23:19

1923年9月の関東大震災による土砂災害は神奈川や千葉、東京などで計167カ所発生し、死者も千人を超えていたことが専門家の調査で分かった。発生箇所、死者数ともに従来の国の報告より3割程度多く、より深刻な被害実態が明らかになった。このうち神奈川は101カ所と大半を占め、900人以上が犠牲になるなど被害が集中。山間部に限らず、横浜や横須賀など市街地でも多発したほか、県西部では本震や余震で傷んだ斜面が2週間後の豪雨で崩落したケースも多く、巨大地震後の二次災害のリスクも浮き彫りになった。

被害を調べたのは、防災地形学を専門とする砂防フロンティア整備推進機構の井上公夫技師長(65)。震災関連の公的な資料や自治体史、郷土史などの被害記録を掘り起こし、現地調査も重ねた。

2006年にまとめられた内閣府の関東大震災に関する報告書では、発生箇所131、死者は700~800人とされていたが、神奈川西部や山梨、静岡などで新たに被害が判明した。井上技師長は「台風の影響で震災の前日から当日の午前にかけてかなりの降雨があったため地盤が緩み、被害が拡大した」と指摘している。

地域別では、震度7に達したとみられる神奈川東部が66カ所で、西部は35カ所。神奈川同様に震源域の真上に当たる千葉南部も42カ所と多く、山梨は12カ所、静岡東部で7カ所あった。東京は最近になって判明した伊豆大島の1カ所を含め5カ所で被害が明らかになった。これらの地域の被災戸数は計493戸に上る。

神奈川東部では、当時の横浜市が27カ所と被害が目立ち、少なくとも68人が犠牲になった。断崖が崩れて21人が死亡した磯子のほか、西戸部町や伊勢町、石川町などでも崖が崩落して家屋が埋まり、死者も出た。

このほか元町では、土砂崩れで50人以上が死亡したとみられるものの、一帯は火災で焼き尽くされてもいたため、死因の判別がつかないという。

横須賀市は横浜に次いで被害が激しく、横須賀駅付近を含む20カ所で220人以上が死亡。19カ所で7人が亡くなった鎌倉町(現鎌倉市)は周辺地域に通じる主な切り通しが軒並み崩れ、一時的に孤立した。

神奈川西部では、列車が海に転落し130人以上が犠牲になった根府川駅の地滑りと、すぐ近くの白糸川沿いの集落がのみ込まれた「山津波」が知られるが、そのほかにも丹沢や箱根で地滑りや山崩れが相次いだ。沢がせき止められてできた南秦野村(現秦野市)の「震生湖」のような「河道閉塞(へいそく)」も5カ所あった。

県西部ではさらに、約2週間後の9月12~15日に起きた豪雨で被害が多発。大山町(現伊勢原市)で発生した大規模な土石流により多数の家屋がのみ込まれたほか、曽我村(現小田原市)などでも土砂崩れが起きた。

10万5千人を超えた関東大震災の死者・不明者のうち、9万2千人は火災による死者だった。井上技師長は「耐震耐火住宅が増え、震災時のような倒壊や火災の被害は起きないだろうが、急傾斜地の宅地化が進んだ結果、土砂災害の危険性はむしろ高まっている」と警鐘を鳴らしている。

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