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【時流自流】慶応大准教授・大木聖子さん、「絶対安全」はない

社会 神奈川新聞  2013年11月10日 11:16

慶応大准教授・大木聖子さん
慶応大准教授・大木聖子さん

これまでの地震学のあり方に疑問を呈す。

「王道は揺れのメカニズムや地殻変動の研究。私も地震波を使って地球内部構造を探究していました。現象の解明が目的で、人間がそこに存在しようがしまいが関係なかった」

そんな地震学に社会も頼ってきた。研究者が予想した地震の規模や場所から津波の浸水範囲を割り出し、避難すべき場所を示したハザードマップを行政は作る。しかし、「想定外」の津波が押し寄せた東日本大震災では、2万人に迫る犠牲者のうち9割以上が溺死だった。

「結局、ぎりぎりまで逃げないんですよ、人は。公式に当てはめて出した答えはリアルじゃない」

■反省

かくいう自身も以前は、現実感を持たずに語っていた。

2010年4月、当時勤務していた東大地震研究所を宮城県気仙沼市の中学生たちが訪れた。津波の仕組みを解説し、「いざというときは高台へ」と呼び掛けた。

まさか10カ月後に、巨大津波にのまれるとは思っていなかった。「大変なことをしてしまった。『赤信号は止まれ』を分かりやすく説明しただけ。そんなことは誰でも知っている。なぜ、毎日交通事故が起きるかを考えなくちゃいけなかった」。それが防災と、初めて気がついた。

講演や講座の内容を変えた。揺れ始めてすぐに商品と棚が崩れ落ちるコンビニの映像を見せ、被災者の身の上がつづられた新聞記事を読み上げた。すると「自分や家族が同じ目に遭ったらどうしようと思った」といった声が寄せられた。

「『自分のこと化』して考え始める。具体的なストーリーの方が人の心を動かすんです」

振り返れば、自らが地震学者を志したのも生まれて初めて目にした大惨事がきっかけだった。1995年1月17日の阪神大震災。高校から帰宅後、テレビにかじりついた。なぜこんなことが起きたのか。地震のメカニズムが知りたいと思った。

人々を行動に駆り立てる映像やエピソード。そこに、研究者として得てきた知識を織り交ぜる。

「マグニチュード(M)7・5以上で津波が押し寄せる恐れがある。15秒揺れたらM7、1分ならM8、3分ならM9です。1分を目安に高台へ避難してください」。揺れている時間の長さに着目したのは、防災無線やテレビなどから正確な情報を得られない状況にあっても、身一つで津波の危険に気づいてもらうため。知識は、自らの行動の判断材料となる。

■黒と白

何を基準にし、どう行動すべきか。その意思決定のプロセスを防災訓練を通じて小中学校で教える。教室、理科室、校庭、玄関…。どこにいても揺れや落下物から身を守れるよう、危険な場所を子どもたちに探させ、頭を守る姿勢を伝授する。

ある男児は言った。「音楽室に安全な場所はない」

「ピアノも木琴も揺れて動くだろうけど、軽いけがで済みそうな木琴の下に逃げ込む、と。彼は小学5年にして、地震大国の日本に絶対に安全な場所はないと悟った」。危険と安全を黒と白で塗り分けられるはずがない。「この世はグレーのグラデーションだらけです」

今年4月から慶応大湘南藤沢キャンパスで教壇に立つ。学生から「さとちゃん」と呼ばれ、慕われている。

「震災を風化させないためのいい案が浮かばず、次回の発表がまとまらない」というゼミ生の相談には、悩んだ過程ごと発表を、とアドバイスした。「たかが半年防災を勉強した学生に答えを出せるわけがない。国の報告書みたいにきれいにまとめると、その隙間からまた犠牲が出る」

なすすべがなくても、より白に近いグレーを考え続けることが何より大事。それを、未来を担う世代に伝え続ける。

地震学に変化を促そうという姿勢に、周囲から反発もある。「防災教育はしょせんボランティア。研究者のやる仕事じゃない」「彼女はピュアな地震学者じゃなくなった」。そんな言葉を浴びたこともある。

「でも、研究で得た知見をどう生かすか考えなくちゃ意味がないし、生かそうとする工学や教育分野の人たちと連携するべきだ」

■わがこと

震災前に地震研を訪れた気仙沼の中学生たちは、みな無事だった。ある女子生徒は言った。「津波が来たとき、大木さんの言葉を思い出して逃げました」

涙が止まらなかった。

この子たちのように、「自分のこと」として聞いてもらうには-。

今、講演でこんな話をする。

「あなたが家具の転倒防止をすれば、娘はそれが当たり前だと思って育つ。結婚しても突っ張り棒を買う。生まれた孫が棚の下で遊んでいるときにたまたま地震が起きるかもしれないけれど、家具を止めていれば助かる可能性が高まります。あなたの行動が子々孫々、命を救うんです。そんな尊い行動を、帰ったら娘さんに教えてあげてください」

●おおき・さとこ 1978年東京都生まれ。北海道大理学部地球惑星科学科卒業後、東大大学院理学系研究科で博士号を取得。2006年から日本学術振興会海外特別研究員として米カリフォルニア大サンディエゴ校スクリプス海洋学研究所に滞在。東京大地震研究所助教をへて、今年4月から現職。35歳。

◆“等身大”の地震学 東日本大震災は地震学のあるべき姿という根源的な問題を突き付けた。マグニチュード9・0という超巨大地震の発生を予見できず、社会的な役割が問われることに。日本地震学会は、研究の成果や限界が的確に伝わっていなかったという反省に立ち「行動計画2012」をまとめた。被害を軽減するため、一般市民の目線に立った“等身大”の地震学を伝え、研究者は積極的に地域の防災活動に参加するよう促している。

【神奈川新聞】


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