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「城ラマ」マイスターが行く<4>石垣山城

カルチャー 神奈川新聞  2017年04月25日 18:32

【2016年11月6日紙面掲載】


もともと沢のようになっていた地形を利用した井戸曲輪
もともと沢のようになっていた地形を利用した井戸曲輪

 城というと多くの人は「天守」や「石垣」を想像するが、「城」とは「土」から「成る」と書き、その多くは地形を利用し、土塁や堀によって囲まれた防御施設であった。

 戦国時代、石垣の技術の発達とともに、石材の調達が比較的容易にできた西日本では石垣の城が増えていったが、加工しやすく崩れにくいローム層の多い東国では、戦国時代末期でも土の城が好んで使われ、石垣の城は少なかった。

 1590(天正18)年の小田原の役で豊臣秀吉は20万を超える大軍で後北条領に侵入。秀吉は小田原の西にある笠懸山にあった後北条氏の砦(とりで)を接収し、自らの本陣となる新たな城を築いた。その城は石垣山城と呼ばれ、その名の通り東国では珍しい総石垣の城であった。

 この石垣山城は、秀吉が一夜にして城をつくりそれに驚いた後北条氏は戦意を喪失し降伏した、という話から一夜城とも呼ばれている。もちろんこの総石垣の城は1日ではつくれない。だが秀吉は突貫工事で約80日間でこの城を完成させ、完成直後の7月5日に後北条氏が降伏したので、一夜城伝説が生まれたのであろう。

 現在、石垣山城跡は駐車場も完備され、城内の多くの部分が整備されているので、見学しやすくなっている。この城の見どころは、その名の由来ともなった、城のあちらこちらに残っている石垣である。井戸曲輪(くるわ)の巨大な石垣の空間は、その中でも特筆すべき場所だ。また、各曲輪への入り口にあたる虎口も、容易に敵を寄せ付けない構造になっているのでぜひ見ていただきたい。


石垣山城物見台から小田原方面を望む
石垣山城物見台から小田原方面を望む

 本丸にある展望台からは、小田原城はもちろん相模湾も一望でき、かつて秀吉が眺めたであろう景色が眼下に広がる。東国の城の象徴でもある小田原城の目の前に築かれたこの城の存在は、東国の土の城の文化に「ブスリ」と突き刺さった織豊(織田、豊臣)系の城のくさびのようにも映る。そのくさびは東国にとっては異質の城であり、関東の雄・後北条氏を滅亡に追いやった天下人の城でもあった。

 石垣山城の西側は温泉地で有名な箱根である。箱根湯本駅から南に400メートルほどの場所に、小田原の役で秀吉が一時本陣とした金湯山早雲寺がある。早雲寺は北条氏初代の早雲の遺言で2代氏綱が建てた後北条家の菩提(ぼだい)所で、現在、境内には初代早雲から5代氏直の供養塔が立つ。早雲寺で後北条氏の歴代当主に手を合わせた後は、当時秀吉も通ったと伝わる箱根の湯を堪能して帰るのがオススメである。

 にのみや・ひろし 1968年生まれ。横浜市港北区のOA機器部品メーカー社長。城郭全体を地図や資料を使いこなして再現し「城ラマ」を製作している。「城郭復元マイスター」を自ら名乗る。
◎石垣山一夜城歴史公園 小田原市早川 JR早川駅から徒歩約40分、箱根登山鉄道入生田駅から同50分
◎早雲寺 箱根町湯本 箱根登山鉄道箱根湯本駅から徒歩15分


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