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バイクご当地鎌倉ナンバー導入 俳優の故夏八木さんも献身/神奈川

社会 神奈川新聞  2013年06月28日 23:16

チームサムライの会合に参加した夏八木さん(中央左)。同右は大津さん=2012年10月14日、鎌倉市福祉センター(大津さん提供)
チームサムライの会合に参加した夏八木さん(中央左)。同右は大津さん=2012年10月14日、鎌倉市福祉センター(大津さん提供)

ご当地ナンバープレートの実現は、市民団体「チームサムライ」(大津定博代表)の念願だった。推進活動の中心に、5月11日に73歳で死去した俳優・夏八木勲さん=鎌倉市=がいた。

夏八木さんはチームサムライの「名誉世話人」だった。テレビドラマや映画の撮影の合間を縫って会合に参加し、大津さん(50)らと鎌倉を盛り上げる企画を考えた。その一つがナンバープレートだった。

大津さんらは2012年11月、松尾崇市長に導入の要望書を提出。夏八木さんは同行できなかったが、手書きでメッセージを寄せていた。

「(ナンバープレートの企画は)鎌倉を終(つい)の住処(すみか)、故郷にふさわしい素適(すてき)な所にしたいと云(い)う熱い想(おも)い(中略)の一環とご理解頂ければ幸いです」

新聞報道で要望の様子を知り、「ご苦労様でした。朗報を期待しましょう」とメンバーをファクスでねぎらった。大津さんは「忙しいときも、進展を気に掛けてくれていた」。今年3月の市議会で予算案が可決されたことを報告すると、喜んでいたという。

ファクスで連絡を取り合っていたが、今春に入って返信が途絶えた。「膵臓(すいぞう)がんが進行していたんだろう。そんなそぶりは全くみせなかった」。大津さんは振り返る。

2人の出会いは12年7月。会員募集のチラシを戸別配布したところ、たまたま夏八木さんが受け取り、自ら「仲間に入れてほしい」と申し出た。大津さんは会長職を打診したが、「はばったいから」と照れくさそうに拒んだ。「一兵卒として、鎌倉に恩返ししたい」と伝えていた。

チームサムライの最終的な目標は、四輪車の「横浜」にかわる「鎌倉」ナンバーの実現だ。大津さんは「天国の夏八木さんに朗報を届けたい」と話す。

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