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ピンクの海岸を再び、鎌倉・由比ケ浜で「さくら貝の歌」碑完成/神奈川

社会 神奈川新聞  2013年01月04日 22:09

完成した歌碑の前で「さくら貝の歌」を歌う八洲さんの子どもたち=2012年12月16日、由比ケ浜海岸
完成した歌碑の前で「さくら貝の歌」を歌う八洲さんの子どもたち=2012年12月16日、由比ケ浜海岸

鎌倉市の由比ケ浜海岸で生まれた昭和の名曲「さくら貝の歌」の歌碑が、ゆかりの県有地に建てられた。かつて海岸一面を染めた「桜色のジュウタン」を取り戻そうと、作曲者の子どもと市民有志が結束した。

美(うる)わしき さくら貝ひとつ 去りゆける きみに捧(ささ)げん

「さくら貝の歌」は、北海道真狩村から上京した作曲家の八洲(やしま)秀章さん(1915~85年)が、故郷に残した初恋の女性の悲報に打たれて生まれた。

由比ケ浜海岸で見つけた一片のサクラガイに自らの心境を重ね合わせ、「わが恋の如(ごと)くかなしやさくら貝 かたひらのみのさみしくありて」と詠んだ。

この短歌を基に、逗子町(現・逗子市)役場職員だった知人の土屋花情(かじょう)さんが歌詞を付け、戦時中の40年に完成した。70年代に女優の倍賞千恵子さんらが歌い、ヒットした。

八洲さんの死後、歌碑建立の構想があったものの発起人が亡くなり、一度は立ち消えた。しかし没後25年に当たる2010年、実行委員会(委員長・蓼沼(たてぬま)誠一鎌倉美術連盟代表)が再起。建立費約400万円を慈善コンサートや寄付で集めた。

波をかたどり、八洲さん直筆の譜面をしつらえた歌碑は白御影石製で、縦1・4メートル、横3・8メートル、重さ5・5トン。サクラガイもちりばめた。陶芸家の林香君(かく)さんがデザインし、書家の吉田春翠さんが歌詞を揮毫(きごう)した。

12年12月16日の除幕式では八洲さんの子ども5人もそろい、支援者約300人とアカペラで合唱した。次男で俳優の沢木順さん(67)は「父も喜んでいると思う」。この日、鎌倉市に寄贈された。蓼沼さん(77)は「40年近く前まで一面が桜色に染まっていた。歌碑が環境再生のシンボルになればいい」と話した。

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