「死を覚悟」窓から脱出 川崎・簡易宿泊所火災|カナロコ|神奈川新聞ニュース

「死を覚悟」窓から脱出 川崎・簡易宿泊所火災

全焼した簡易宿泊所(中央)=17日午前8時43分、川崎市川崎区(共同通信社ヘリから)

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 建物を炎が覆い尽くし、屋根が崩れ落ちた。川崎市川崎区日進町の簡易宿泊所で17日未明に起きた火災は、大勢の死傷者を出す大惨事となった。逃げ道を閉ざされ、数メートル下の地面に窓から飛び降りて九死に一生を得た人も。「すべて置いて逃げてきた。ためたお金も残っていない。どう生きていけばいいのか」-。着の身着のままで助かった宿泊者は、恐怖の一夜が明けた後も、なお途方に暮れている。

 火元とみられる「吉田屋」1階の中央付近の部屋で寝ていた50代の男性は、「火災報知機が鳴ったので部屋のドアを開けたら、ものすごい煙と熱風が入ってきた」。「火事だ」という叫び声を聞いて、窓から逃げた。「廊下の先は火の海だった」と振り返る。

 宿泊者によると、建物の内部は3階建ての構造で、部屋の広さは3畳。1階に10部屋、2階と3階部分には廊下を隔てて両側に部屋があり、普段は約50人の利用があったという。男性は2年前から生活しているが「10~20年住んでいる人もたくさんいる」。平均年齢は65歳ほど。

 3階の窓から飛び降りて逃げた男性(56)は「みんなパニック状態で、すすで顔が真っ黒だった。他に飛び降りた人は歩けなくなり、救急車で運ばれていった」。自らも右足にけがをし、松葉づえを携えている。

 2階にいた男性(57)も「火の粉をかぶりながら飛び降りた。とにかく火の回りが早く、一度は死を覚悟した」と話した。

 宿泊所の近所に住む男性(43)は、火柱の上がる宿泊所から「こんなところで死にたくない」と叫ぶ声を聞いた。隣接する「よしの」で寝ていた男性(67)は、周りの部屋の扉をひたすらたたいて宿泊客を起こそうとした。「一人でも(多く)逃げないと、との思いで必死だった」と話した。

「生保受給者の受け皿」

 「次の受給日までまだ日がある。どうやって生活すればいいんだ」-。

 「吉田屋」の1階で2年前から暮らしてきた50代の男性は、生活保護を受けている。服や靴も、財布もそのままに窓から飛び出した。なけなしの手持ちは灰になった。「このままだと飯も食えないな」。焼け跡に視線を投げながらつぶやいた。

 火災の起きた日進町には、約40軒の簡易宿泊所がひしめく。ホテルや旅館に比べて設備が簡素だが、料金は1泊2千円程度と安い。高度成長期には建設現場や港湾関係の作業に従事する日雇い労働者を受け入れていた。簡易宿泊所の管理人たちは「当時は飲み屋も多かったし、活気があった」と振り返る。

 だが今では、川崎のほかでも簡易宿泊所の集まる街は全国で高齢化が進み、生活保護受給者が肩を寄せ合う地に変貌を遂げている。日進町の宿泊所でも、利用者は高齢者が中心だ。

 燃え移った「よしの」から焼け出された男性(67)は、病気で正規の職に就くことができない。服用するはずの薬も持ち出せず、火に消えた。「ケースワーカーに今後のことを話し合う。ここに泊まる人にはいろいろな事情がある。また税金使わせて申し訳ないけどね…」

 日進町と同様に多くの簡易宿泊所が立地する横浜・寿地区で困窮者の支援に取り組む寿支援者交流会の高沢幸男事務局長(44)は「現在の簡易宿泊所は住宅を借りるのが難しい高齢者や社会的に孤立した失業者、障害者たちの有効な受け皿になっている。困難を抱えている人たちが利用していることを前提に、行政は福祉部門とも連携して防災のあり方を考えるべきだ」と指摘している。

通信ケーブル延焼

 川崎市川崎区日進町の簡易宿泊所の火災で17日、NTTの通信ケーブルに延焼し、現場近くの加入電話の通話ができなくなるなどの支障が出た。NTT東日本川崎支店によると、18日午前8時までに復旧する見込みという。

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