刻まれた「真夏の球譜」|カナロコ|神奈川新聞ニュース

刻まれた「真夏の球譜」

ベストナイン編・昭和 101/100

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2018/06/13 02:00 更新:2018/06/13 02:00
神奈川高校野球100回大会 100回の節目を迎える夏の高校野球に向けて、神奈川新聞が今年1月から募集してきた「神奈川高校野球ベストナイン」の結果がまとまった。神奈川大会で前人未到の5連覇を達成した法政二の柴田勲に始まり、名プレーヤーたちが刻んできた「真夏の球譜」は、そのまま神奈川高校野球の歴史と重なる。(かっこ内は3年時の西暦)

 ベストナイン昭和編に選ばれた最も古い選手は、右投手部門の柴田勲(1961年)だ。名将田丸仁=監督部門4位=が率い、今も破られぬ神奈川大会5連覇を成し遂げた当時の法政二が輩出した大エースは60年夏、61年春と甲子園を連覇した。

 抜群の完成度を誇った右腕は、ともに「2強」に数えられていた慶応の剛速球投手・渡辺泰輔(60年)を最大のライバルと思っていた。「渡辺さんに勝ったっていう自信があったから、甲子園も優勝できた」と振り返る。

 その後、63年の横浜の初優勝を挟み、64~68年の5年間は武相が4度も制して黄金期を迎える。県勢として法政二に続く夏の全国制覇は70年の東海大相模だった。

 監督部門で2位に入った原貢が、田丸がつくり上げた「田丸野球」を打倒に掲げて就任4年目で成した快挙だった。

 続く71年には「田丸野球の孫弟子」に当たる青年監督の木本芳雄が率いる桐蔭学園が、初出場で夏の甲子園を制覇した。当時のナインから土屋恵三郎(71年)が捕手部門で得票1位だ。

 土屋は後に木本から同校を引き継ぎ、通算10度の甲子園に導き、監督としても神奈川球史に名を残している。今は星槎国際湘南を率いる土屋は、「育てた選手全員が俺の財産」と笑う。

 71年の準決勝では主砲に2年生の田代富雄(72年)=三塁手部門2位=を据える藤沢商(現藤沢翔陵)が桐蔭に惜敗していた。
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