石牟礼道子「椿の海の記」 境界やすやす跨ぐ 融通無碍なみっちん|カナロコ|神奈川新聞ニュース

石牟礼道子「椿の海の記」 境界やすやす跨ぐ 融通無碍なみっちん

日本文学あの名場面/中島京子(小説家)

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2018/02/18 11:58 更新:2018/06/12 20:39

「椿の海の記」の一場面を拡大して読むにはこちらから(PDF)


 『椿の海の記』は、石牟礼道子さんの自伝的作品で、4歳のときの記憶が記述のおおもとにある。「おもかさま」は、「みっちん」とも「みっちゃん」とも呼ばれる4歳の童女の祖母で、精神を病み、盲目で、「神経殿(しんけいどん)」という綽名(あだな)を奉られる老女である。みっちんは徘徊(はいかい)症状に見舞われるおもかさまを探して歩いたり、髪を梳(す)いてあげたり、幼女ながらお世話している。昭和6年、熊本で陸軍の大演習があり、天皇が日窒(日本窒素肥料株式会社)の水俣工場を視察した。天皇の目に触れてはいけないという理由で、警察がやってきて病人のおもかさまを離島に幽閉しそうになるのを、著者の父が「なにかあれば切腹する」と訴えて阻止したエピソードは、本書にも、また『苦海浄土』にもある。これが、みっちん4歳のみぎりの話で、作家にとってこの年、この年齢は、たいへん重要な起点なのだろうと推察される。

 難しいことは抜きにして、『椿の海の記』はすごく面白い。4歳や5歳のみっちんが、なんといってもかわいい。私が好きなのは、みっちんが「末広」という妓楼(ぎろう)に出入りする髪結いの沢元さんに「水色の手絡の稚児髷(まげ)」を結ってもらう逸話だ。小さいみっちんは妓楼の前に捨てられる色とりどりの水引や端切れが気になってしかたがない。欲しそうに見ていると、「そりゃ汚なかけん、まちっと美しかっばあげまっしゅ」と、きれいなお姉さんたちが妓楼に招き入れ、沢元さんは新しい髪結い道具で髷を作ってくれる。

 なるほど、みっちんは、人界と交わらぬ兎(うさぎ)女(じょ)やら狐(きつね)女(じょ)やら異界の「あのひとたち」との境界もやすやす跨(また)いだが、おもかさまの病んだ心の側にいることも厭(いと)わなかったし、遊女たちの世界にも悠々と出入りした。みっちんは融通(ゆうずう)無碍(むげ)だ。『椿の海の記』に漂うのは、このなんとも形容しがたい、自由さだ。自由自在なみっちんは、赤い腰巻きを風呂敷につつんで、「末広に、いんばいになりにゆく」と、若い母親に宣言したりする。「淫売」という言葉にも、それを使う人によって無限に違うニュアンスが付与されることを、おしゃまな4歳は感じ取っていた。

 「神経殿」と呼ばれもする老女は、味噌(みそ)麹(こうじ)を仕込む段になれば、熟練の勘を頼られる存在でもある。指と舌だけで巧みに麹の具合を言い当てるおもかさまを、「こういうときは正気人」と言い立てる大人の、その境界の拵(こしら)え方を、みっちんは嫌悪する。

 『苦海浄土』は、そんな自由人だったみっちんが大人になってから書くことになる大作だ。「言葉でこの世をあらわすことは、千年たっても万年たっても出来そうになかった。」と記した作家はしかし、「出来そうにない」ことに生涯挑み続け、私たちに読むべきたくさんの言葉を遺(のこ)していってくれたのである。


文学者の集いである「飯田橋文学会」のメンバー、平野啓一郎さん、田中慎弥さん、阿部公彦さんロバート キャンベルさん、中島京子さん、鴻巣友季子さんが神奈川新聞に連載します。

*次回は3月4日、鴻巣友季子さん。

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