樋口一葉「たけくらべ」 小気味よい会話 耳に心地よく|カナロコ|神奈川新聞ニュース

樋口一葉「たけくらべ」 小気味よい会話 耳に心地よく

日本文学あの名場面/中島京子(小説家)

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2017/11/12 14:17 更新:2018/06/12 20:50

「たけくらべ」の一場面を拡大して読むにはこちらから(PDF)


 樋口一葉は目が悪かった。

 近眼である。

 上野の図書館に熱心に通い、手当たり次第に小説を読み漁(あさ)ったが、眼鏡も掛けないので、彼女が本を読んでいるときは、開いた本の上に頭が載っているみたいに見えたらしい。一葉といえば、半井桃水との恋愛も有名だけれど、ドのつくような近眼だったから、桃水が美男子かどうかだってよく見えてなかったのではないか、というようなことを、妹の邦子が回想しているほどだ。

 目は悪かったが、耳が抜群によかったに違いないと、私は思っている。樋口一葉の文章のリズムのよさは特筆ものだし、その文章に盛り込まれる情報の多さは、まるでその場に居合わせた気分にさせられる。名作『たけくらべ』の冒頭、「廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く」の流れる文章も音楽的だが、ことに「三階の騒ぎも手に取る如く」で、遊郭の賑やかさが聞こえてくるようだ。「下足札そろへてがらんがらんの音もいそがしや」とか、「雪駄ちやらちやら」とか、擬音の使い方もうまい。

 『たけくらべ』は名場面の多い小説なので、どこを引こうか迷ったのだけれど、ひょっとして文語文に馴染みのない方には、とっつきにくいかもしれないと思いついた。

 しかし、言文一致体も出た時代に書かれた一葉の小説の中の会話は、なんとも小気味よく登場人物の声音が響いてきて、耳に心地よく、読みやすい。文語文だからと敬遠しては勿体ない。

 『たけくらべ』は優れた青春小説で、出てくるティーンエイジャーは、美登利ばかりでなくどれもいい。引用したのは、私立通いで横町組を名乗る不良グループの大将の長吉が、ライバルの公立校に通う田中屋の正太郎に喧嘩を売るにあたって、坊さんの息子である龍華寺の信如に助太刀を頼みにくるシーンだ。

 金の苦労のつきなかった樋口一葉は一時期、吉原近く、下谷龍泉寺町というところに駄菓子屋を出して生計を立てようとした。そこで、この下町界隈の市井の人々の暮らしを見聞きすることになり、それが『たけくらべ』や『大つごもり』や『十三夜』などの傑作を書く下地になったというのは有名な話だ。

 21歳の一葉は店番をしながら、出入りする子どもたちの会話をよく聞いていたんだろう。鍵カッコもないままに、「だつて僕は弱いもの。弱くても宜(い)いよ。」と、信如と彼を精神的支柱と仰ぐ長吉が交わすセリフが迫真にせまる。「いざと言へば」と小刀を出して見せる信如と、嬉(うれ)し気な長吉の様子に、「あぶなし此物(これ)を振廻してなる事か」と、唐突に顔を出す心配げな一葉本人も、見事に小説の緊迫感を作っている。


文学者の集いである「飯田橋文学会」のメンバー、平野啓一郎さん、田中慎弥さん、阿部公彦さんロバート キャンベルさん、中島京子さん、鴻巣友季子さんが神奈川新聞に連載します。

*次回は11月26日、鴻巣友季子さん。

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