時代の正体〈543〉「望む未来」選ぶため|カナロコ|神奈川新聞ニュース

時代の正体〈543〉「望む未来」選ぶため

記者の視点 デジタル編集委員・石橋 学

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2017/10/21 12:46 更新:2017/12/08 23:26
【時代の正体取材班=石橋 学】「仕方がない」という物言いが耳にこびりついて離れない。その選択の結果、あなたやあなたが大切に思う人を失い、仕方がないと言えるだろうか。いや、あなたの知らない誰であっても、いつから仕方がないと言ってのける感情を私たちは持つようになってしまったのだろうか。

 解散にあたり安倍晋三首相が「国難」と名指しした北朝鮮の「脅威」が連呼されるというかつてない選挙は、結果次第でかつてない未来を出現させるに違いない。「望まぬ未来」はどのように選択されようとしているのか。私はある自民党候補の支援者集会に向かい、屋外の喫煙コーナーで居合わせた50代半ばの男性に声を掛けた。

 -寒い中、熱心ですね。なぜこの候補の応援を?

 「同級生なんですよ。小中学校の」

 これも現実だ。気を取り直して聞く。

 -安倍政権は安泰な選挙情勢です。

 「この局面では仕方がないかな。独裁的で『ヒトラーの再来』なんて危険視する声もあるようだけど。でも、北朝鮮は隣国。核実験が続き、ミサイルが2回も上空を通過している。断固とした態度と体制を取る必要があるんじゃないか」

 「脅威」はいかにもさらりと自明のものとして語られた。核ミサイル開発は敵対する米国向けのメッセージであるにもかかわらず、日本に差し迫った危機のように受け止められている。

 思い出されるのは、ドイツでは教訓として刻まれるナチス幹部、ゲーリングの言葉。

 〈もちろん一般市民は戦争を望んでいない。しかし、国民をそれに巻き込むのは簡単だ。自分たちが外国から攻撃されていると説明するだけでいい。平和主義者については、彼らは愛国心がなく国家を危険にさらす人々だと公然と非難すればいいだけのことだ〉

 鳴り響く全国瞬時警報システム(Jアラート)や避難訓練は「攻撃」を想起させるに十分な効果があったに違いなかった。

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