時代の正体〈534〉個人の尊厳守る政治を 衆院選公示を前に【カナロコオピニオン】デジタル編集部兼報道部・成田洋樹|カナロコ|神奈川新聞ニュース

時代の正体〈534〉個人の尊厳守る政治を 衆院選公示を前に【カナロコオピニオン】デジタル編集部兼報道部・成田洋樹

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  • 公開:2017/10/09 02:00 更新:2017/10/15 19:17
衆院選公示を10日に控えて行われた党首討論会=7日夜、東京・六本木

衆院選公示を10日に控えて行われた党首討論会=7日夜、東京・六本木

時代の正体取材班=成田 洋樹】排外や排他の空気が社会に漂う中、強権的な政治が対外的な危機をあおり、人々の不安や憎悪を駆り立てている。障害者の存在を否定し、排斥したあの凄惨(せいさん)な事件は「時代の気分」から生まれたと思えてならない。衆院選公示を10日に控え、排外の思想を隠しきれない新党も現れた。選挙結果によっては与野党の改憲勢力が大勢を占める局面を迎える。政治や社会から多様性が失われるとき、まず犠牲になるのは声を上げられない弱い立場の人たちだ。一人一人の尊厳がさらに脅かされる瀬戸際に私たちは立たされている。

排斥の記憶


 昨年7月、相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が虐殺された事件は、社会を震撼(しんかん)させた。逮捕・起訴された元施設職員の男は警察への供述や衆院議長に宛てた手紙で「障害者なんていなくなればいい」「障害者は不幸しかつくらない」などと障害者の存在を否定し、尊厳をおとしめる考えを示していた。

 事件発生から1年が経過してなお、恐怖と隣り合わせの暮らしを強いられている人たちがいる。知的障害がある40歳代の男性もその一人だ。

 「親切にしてくれた元職員に襲われてしまうのではないかと今も不安です。実際はそんなことはないと思うのだけれど…」

 グループホームでの暮らしを長年支えてくれていた社会福祉法人の職員が事件と同時期に退職したという。凶行に手を染めた男と元職員がダブって脳裏にちらつき、身の危険を感じる日常。事件で障害者が受けた傷がいかに深いかを、私はあらためて痛感した。

存在の肯定


 事件直後、男の理不尽な理屈に対して、障害者や家族は怒りの声を上げた。当事者は今も街頭や集会で「やまゆり園事件を忘れない」「障害者差別を許さない」と訴えているが、世間の受け止めはどうだろう。「偏った考え方を持った人が起こした特異な事件」として人ごとに捉える向きは少なくなく、風化は確実に進む。だが、私たちと別世界で起きた事件なのか。

 男が事件から1年後に本紙記者に寄せた手紙にはこう記されていた。

 〈共生社会とは一人ひとりが自立し支え合うことだと考えられますが、今は寄生社会と呼ぶ方が的確と思います〉

 「寄生」という文言から彼の「自立観」はこう読める。

 「自立とは、誰の力も借りずに、自分の能力だけを頼りに生きていくこと」

 この考え方を違和感なく受け入れる人は少なくないだろう。子どもたちも学校や家庭で「社会の役に立て」「人に迷惑をかけるな」「自分の力だけで頑張りなさい」と教わる。社会人になると職場では「あいつは使える、使えない」という尺度で存在価値を計られることさえある。

 つまり、「何かができる、できない」の能力主義に基づき、誰かに助けを求めず独力で何かを成し遂げたり、組織や誰かの役に立ったりして初めて、その人の価値が認められる社会に私たちは生きている。

 事件後、「障害者は不幸しかつくらない」という考えへの反論として、障害者の家族からは「周囲を笑顔にしたり幸せにしたりしてくれる障害者も人の役に立っている」との声が相次いで上がった。存在を否定されたことへの反発と憤りの言葉なのだと思う。だが、「人は役に立たなければならない」という考えに誰もがからめ捕られ、社会に広く根を張っていることがうかがえる。

 私たちは生産性や有用性で人の存在価値が評価される社会のただ中で生きている。そこに排他の空気が吹き荒れたとき、役に立たなないと一方的に見なし、存在自体を排斥するあの事件が起きたのではなかったか。

 私たちは一人一人の存在自体を肯定し、尊厳を大切にする社会をまだ手にしていない。憲法13条で「すべて国民は、個人として尊重される」と掲げた理想は未完のままなのだ。

危機の13条


 自民党は2012年にまとめた改憲草案で「全て国民は、人として尊重される」として13条から「個」の一文字を削除した。個人の尊厳を軽視するものとして憲法学者らから批判されているが、個人を軽んじる自民党の体質は既にあらわになっている。

 自民・公明連立の安倍政権は15年、歴代の自民党政権が積み上げてきた憲法解釈を変えて集団的自衛権の行使を容認する安全保障法制を成立させ、権力を憲法で縛る立憲主義をないがしろにした。立憲主義の根幹には憲法13条があり、権力の横暴から個人の尊厳を守る砦(とりで)なのだ。

 安倍政権は、野党から「森友・加計問題」などを巡って憲法53条に基づいて求められた臨時国会招集を拒んだ。憲法99条の憲法尊重擁護義務に反する行為だ。政権の憲法軽視、無視は際立っている。

 安倍首相は、私たちの命を脅かしかねない発言にも踏み込んでいる。9月の国連演説で、ミサイル発射を繰り返す北朝鮮対策について「対話は無に帰した。必要なのは対話ではなく圧力だ」と強調した。「戦争前夜」の物言いに私には聞こえた。

 私たちはいつ、対話を否定し、北朝鮮を刺激するような政治を安倍首相に託したか。突然の衆院解散を「国難突破解散」と名付けた安倍政権自体が戦争を招き寄せることにならないか。命を脅かされていると感じるのは、私の杞憂(きゆう)なのか。
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