【ひとすじ】学び続け磨いた技術(下) 元tvkアナウンサー森田浩康|カナロコ|神奈川新聞ニュース

【ひとすじ】学び続け磨いた技術(下) 元tvkアナウンサー森田浩康

故郷に戻り夢かなえる

 ひと言を大事にtvk(テレビ神奈川)で歩んできた元アナウンサーの森田浩康(65)だが、歩むことと学ぶことはほぼ同義だったと感じている。

 「料理人とか、職人と同じ。努力したらその分だけ結果が出てくる。技を磨けば結果が出てくる」。そういう意味で、取材先や放送席で顔を合わせる監督、選手、解説者はまさに生きた教科書だった。

 「野球だけを見てしゃべれ」。プロ野球中継が始まる前、そう言われ、準備していた資料を丸ごと机にしまわれたことがある。

 解説に招いていたのは、大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)を中心に活躍した元投手の鈴木隆。大洋時代の1960年にリーグ制覇、日本一も経験している名サウスポーに「過去は関係ない。勝負は今、目の前で起こっているんだぞ」と諭されれば、もはや返す言葉はなかった。懸命にグラウンドで繰り広げられるプレーを追い、必死に声をつないだ。

 怪童の名で知られた西鉄ライオンズ(現西武ライオンズ)の希代の強打者で、後に後進の指導に情熱を注いだ中西太にも打撃理論について、あれこれ聞いたことがある。キャンプ地では選手の宿泊先に上がり、野球談議に花を咲かせた。

 次第に選手の癖、得手不得手まで見えた。

 80年代の横浜大洋ホエールズを彩った俊足のスーパーカートリオの一角を担った屋鋪要のある打席。「膝元にカーブを投げれば、おそらくバットが空を切るでしょう」と実況したらその通りになった。後になって屋鋪本人から「あれはないだろう」と苦言を呈され、得意げになった自分を戒めたこともあった。
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