俊輔ショック(上)相思相愛にひび
唯一無二の存在失う
- 横浜M|神奈川新聞|
- 公開:2017/01/09 10:07 更新:2018/01/12 10:33
ここに至るまで「苦しい時間だった」という。「(背番号)10番だし、マリノスのユニホームだし、(移籍は)考えたこともなかった。自分でも不思議。マリノスで終われれば一番いいと思っていた」。40分間に及んだ取材中、視線は何度も宙をさまよっていた。
後半戦をほとんど不在にし、負傷に泣いた2016年。ただ、結果として「リハビリの時間が長くなるといろんなものが見えてきた」シーズンだったと振り返っている。
チームの強化だけでなく、親会社日産自動車の世界的なPRも視野に入れ、イングランドのマンチェスター・シティーなどを傘下に持つシティー・フットボール・グループ(CFG)と資本提携したのは2年余り前。そのCFGの意向で体制は大きく変わった。
選手との対立が表面化していたモンバエルツ監督の続投、ベテランへの冷遇、長年支えてきたスタッフの解雇-。過渡期だとはもちろん自身も分かっていたが、心を痛め、クラブと何度も話し合いを重ねてきた。
「これは違うんじゃないかということが毎日あった...