2010年 第2回かながわ新聞感想文コンクール

中学1年生の部 優秀賞

真実を見つめる記者
神奈川県立平塚中等教育学校3年生
小中 美穂

私が新聞記者になったら真実を徹底的に見つめ、事件があったその後も追いかけて、記事を書きたいです。
今日の新聞では、話題になっている時には多くその事件や出来事を載せますが、一定の時期がくるとその事件について書かれることは次第に減り人々の頭の中から忘れさられていきます。どんなに世間を騒がせた事件だったとしても、人々の記憶の中から消えていくのです。そのためにも私は、過去に起きた事件を一つずつ見直して、その後の被害者や加害者の心境、変化した環境などを聞いたり調べたりして、事件がどのような結びを迎えたのかを伝えたいです。そして新聞を読んでいる全ての人にその終わりをはっきりと伝えることのできる記事を書きたいのです。
心の奥底で、「そういえば、あの事件はどうなったのだろう。」という素朴な疑問を持ったことが一度はあると思います。私は疑問をそのままにしておきたくはないのです。すっきりした結末もわからぬままにしておきたくないのです。だからこそ、一人でも多くの人が起承転結を語れるようになれるよう、心を響かせられるような記事を書きたいのです。心を響かせられる記事こそ、真実を徹底的に見つめた新聞だと思います。
真実を追い求め事件の真相を明らかにするのは警察だけではありません。真実を追い求め、見つめて、より正確で豊かな情報を届けるのが新聞記者の努めであり、使命だと思います。
現在ではテレビやインターネットの普及によってか新聞以外でも事件などについて触れる機会が多くなっています。それに伴ってか新聞の発行部数は年々減少しています。高齢者の購読は多いにもかかわらず減っているのは、若者が読むことが減ったからです。次の世代を担うのは若者です。だからこそ新聞を読んで様々なことに触れて欲しいのです。新聞は昔から人々の情報源の先頭を走っています。しかし若者はインターネットでニュースを見て新聞には目を通さないということも多いそうです。でも新聞が今も続いているということには意味があるのではないでしょうか。新聞にしかない良さをもっと出せるような記事を書き、若者にもっと新聞と近付いてもらうことも私の願いです。
様々な情報手段が発達する中で、やはり私が一番好きなのは新聞です。なぜなら新聞には、必死に真実を伝えようとした記者の思いや誇りが一字一字に詰まっているように感じるからです。より分かりやすく、より正確に伝えようとする記者の意志を次の世代へと繋いでいかなければならないと思うのです。
新聞は私達に本当に分かりやすく、事件についての説明をしてくれます。だからこそ、私が記者になったら、わかりやすさを求めながらも、一つの事件を長い目でみてじっくりと最後の最後まで考えて奥の方まで見えるような真実を徹底的に見つめた記事を書きたいです。


風化
横浜市立飯島中学校
早川 沙希

私はいままで真剣に新聞を読んだことはあっただろうか。これがこの課題に出会ってから一番最初に浮かんだ疑問だ。世の中に無関心という訳ではないけれど、あまり深く考えようとはしていなかった。世界どころか、自分の住んでいる国で今どんな事が起こっているのかさえ、きちんと説明の出来ない自分が少し恥ずかしく思えた。ならば、これを機会に少しずつでも真剣に世の中と向き合ってみようと思い、新聞を手に取った。
しかし、実際に読んでみると、難しく思える記事ばかりであまり興味が持てなかった。特に震災の影響で、暗く感じるものが多く、明るい記事は少なかった。笑顔になれるような記事はないのだろうか、と探していたら、あまり大きくはないけれど見つけることが出来た。
見出しには「もし自分が被災者だったら-」という言葉が綴られている。横浜市ひかりが丘団地では六十世帯もの被災者が避難していて、地域の人、ボランティアの人などで作る「ひかりが丘地域支えあい連絡会」がサポート活動をしているという。その連絡会の会長、鈴木さんは「もし自分がその立場になったときのことを考え、行動しているだけ」と話したそうだ。
「もし自分だったら」と考えた人はたくさんいただろう。こわい、不安だ、助けて欲しい。今回被災した人たちも感じたと思う。けれど、同じ立場に立ってそう思うのなら力になろう。そういって行動に移した人は何人いただろうか。
大震災が起こってから約半年。時間の経過と共に少しずつ記憶が前より薄れつつある中で、この記事のおかげでもう一度震災について深く考え直す事ができた。新聞は新しい出来事を伝えるもの、という認識をしていたけれど、それだけではなく、大事な出来事を風化させぬよう「日本の記憶」として、これからも生きてゆく人たちのために、定期的に取り上げていくことも大切な役目だという事に気が付いた。
この作文の冒頭で、世の中と真剣に向き合いたい、などと書いたが、短い時間、何日かの記事を読んだだけでできるようなことではなかった。けれど一ページの四分の一に載っていたこの記事、この出来事とは向き合う事が出来たような気がする。いや、出来たはずだ。ならば、四分の一からでも良い。少しずつ、一つずつ向き合っていけば良いのではないか。そしていつか、毎日の新聞記事が悲しいニュースで溢れているのではなく、読んでいる人が感動出来たり、笑顔になれるようなニュースが今より少しでも増えているといいな、と思う。その明るい未来を造っていくために「もし自分が被災者だったら」その言葉を自問自答しながら、今、自分に出来る事を考え続けていきたい。
(神奈川新聞 7月28日付)

問い合わせ先
神奈川新聞社
かながわ「新聞感想文コンクール」事務局
電話:045-227-0707

(C)2010 Kanagawa simbun All Rights Reserved.

当WEBサイトの記事、画像などの無断転載を禁じます。すべての著作権は神奈川新聞社に帰属します。