僕たちにとってメールは欠かせない。たいていのことはメールで済ませてしまう。だから手紙を書くことなど、ほとんどない。字を書くのは、めんどうくさいし相手に届くまでに時間がかかる。メールなら今すぐ届いて、今すぐ返事がくるのだ。
だけど、一つの新聞記事が目にとまった。「フクシマ」に住んでいる人が、全国の友達から手紙をもらった話だ。そこで今まで忘れていた「手紙」について考えてみた。
たしかに書くのは大変で時間がかかる。しかし、もらう側の気もちになってみるとどうだろうか。メールの画面の文字は読みやすいが機械的で心がこもっていないように感じる。手紙だと、たとえ上手な字でなくてもその人の人柄やくせなど人によって様々なものを、感じることができる。久しぶりの友人からならば、文字を見てその人の顔も浮かんでくる。年に一度の年賀状も、全てパソコンで印刷したようなものより、たとえ鉛筆書きでも手書きのものの方が、読んでいて楽しいしうれしい。手紙を書く時、相手のために時間をつかい、相手の顔を思いうかべて一文字一文字書いていく、そのような思いが文字に宿るのかもしれない。メールの着信ランプが光るのも郵便ポストの中に自分あての手紙を見つけたうれしさには、かなわないだろう。
手紙とは本来用件を伝えるものだが、それと同時に「心」を伝えるものなのかもしれない。
投書をした人は、友からの手紙に心が温かくなったと書いているが、これはメールでは感じられなかったことだろう。
三月の東日本大震災の後、「絆」という言葉をよく見たり聞いたりしていたが、今ひとつよくわからなかった。物質的な援助や募金などとも違うように感じていた。それは目には見えないものだけれど、投書の中にもあったように「絆というものに形があるなら届けられた手紙はまさしくそれだ」という一文でなんとなく分かったような気がした。
絆とはきっと、心と心をつなげることなのだと。
僕も普段は親指しか使わないメールばかりだが、大事なことを伝えたい時はやっぱり、全部の指を使って相手のことを思いうかべながら、ゆっくり手紙を書いてみるのもいいなと思った。
(朝日新聞 8月17日付)
私は、この記事を読んで、戦争が終わってから六十六年経つ今も、どうしてこんなにたくさんの人の遺骨が遺族のもとへ帰っていないのかなと思いました。
沖縄では、本土決戦を引き延ばすための、「捨て石」とされ、日米合わせた死者は二〇万人余だと書いてありました。私は、どうして沖縄でも本土と同じように日本人が住んでいて、それぞれ生活しているのに「捨て石」とされてしまったのか、すごく疑問に思いました。いくら本土を守るためでも、たくさんの犠牲者を出すのはひどいと思います。ここまでたくさんの犠牲者を出す必要はなかったのではないかなと思いました。
この前テレビで、「硫黄島からの手紙」を見ました。国ために働いて、人間が同じ人間を殺しているのが見ていてすごくこわかったです。私は、その硫黄島でお父さんを亡くした井上さんの「国が戦場に出したなら帰さにゃいけん。人の命を尊重してくれ」という言葉がすごく心に残りました。そして、本当にその言葉どおりなのではないかなと思いました。国のために一生懸命戦って、国を守るために家族と離されてしまったなら、最後はちゃんと、遺族のもとへ帰すべきだと思います。
記事上のグラフを見ると、日本では、沖縄は全ての遺骨が遺族のもとへ帰っているのに、同じ日本で探しやすいと思う硫黄島では、半分以上の遺骨が遺族のもとへ帰らないのか、疑問に思います。「多くの人間を極限まで追い込み、自決させた。その遺骨がまだ故郷に帰れないでいる。沖縄の怒りが聞こえる気がする」という言葉が新聞には書かれていますが、これは沖縄だけでなく、中国東北部(旧満州)や旧ソ連・モンゴルなどで戦死し、故郷に帰れていない遺骨全てに当てはまることなのではないかなと思いました。
私は今まで、戦争でたくさんの人が亡くなっていることは知っていたけれど、二四〇万以上という、ここまでたくさんの人が亡くなっていることは、知りませんでした。なので、本土の戦死者を含まなくても二四〇万人が亡くなっているというのを知って、とても驚きました。こんなにたくさんの人が亡くなってしまう戦争が、いつか世界からなくなってくれれば良いなと思いました。
六十六年経った今でも、遺骨を探し続けている遺族やボランティアの人は大変だと思うし、つらいと思います。でも、一日でも早く全ての遺骨が遺族のもとへ帰るといいなと思います。
(朝日新聞 8月14日付)