「戦争の様子はどんなだったの?」
小さい頃、両親に尋ねたことがあります。
「う~ん、よく分からないねえ。」
これが両親の返答でした。祖父母も同じような答えでした。唯一戦争を身をもって体験した曾祖母に聞いたところ、
「空襲のサイレンが鳴るなか、幼かった祖母の手を引き、防空壕に避難したり、食べ物もとぼしく、今では想像できないほど大変な時代だった。」
と話してくれました。
現代の日本人のほとんどは、戦争を知りません。私もその一人で、歴史上に起こった出来事の一部としか、考えていないところがありました。もちろん戦争は、「いけないこと」であるのは知っています。でも、「なぜいけないのか。」「どうして戦争は起こったのか。」と深く考えることは滅多になかったのです。
ある日、母が、
「これ、読んでみたら。」
私に新聞記事を手渡しました。ちょっと面倒だな、とは思ったものの、その記事を読み始めた私は、心がずん、と重たくなるような感じがして、「遺骨残る激戦地」戦争は、本当に終わったわけではないんだ、と痛感しました。
私が調べたところ、硫黄島は太平洋戦争でも有名な激戦地で、一カ月以上にわたる地上戦の末、日米あわせて五万人の方々が亡くなったそうです。私は、今までそういった方々の遺骨はほとんど見つかり、すでにまい葬されていると思っていましたが、まだ半数以上の遺骨が見つかってさえいない、という事実に、胸が痛くなりました。
戦争は、もう半世紀以上前の昔話というわけではないと初めて気づいたのです。今もまだ、遺骨をみつけてもらえず家族にもとむらってもらえていない方々の魂が多く残っているのに、戦争はもう終わった、昔の話なんだ、と思っていた自分が、すごく申し訳なく思えてきました。
私は、日本が今平和だからこそできることはないだろうか、と自分にできることは何か考えてみたくなりました。
それにやはり、戦争はたくさんの人々の心や命を犠牲にする、絶対してはならないことなんだということを、ひとりひとりがしっかり胸に刻み、行動することが必要だと思います。利害関係にとらわれず、お互いの立場や意見を尊重しあえば、世界は必ず平和になるはずです。
私は、戦争とは国と国、すなわち人と人との利益をめぐる欲の争いだと考えています。だから、文化や人種、言語も違う人々が分かりあい、協力して生活するためには、互いに思いやる心が一番大切です。私は、これを実行しようと決めました。
もちろん、簡単にできるものではありません。挫折したり、上手くいかないことも絶対あります。でも、そこであきらめたら、周囲の人々に認め合う心の大切さは伝わらないはずです。人間だからこそ持つことのできた、あきらめずやり通す力を世界の人々の心がつながるために使えたら、なんて素敵なのだろう、と思いました。
私は、学校の先生が、
「新聞を読んだら、それでおしまいにせず、考え実行することが大事ですよ。」
とおっしゃったように、新聞は、物事を伝えるためだけではなく、それを人々にどう活かすかを考えさせるためにあるのだということをこの体験で身をもって感じました。たくさんの新聞記者さんが心をこめて書いた記事は、これからも、私をいろんな場面で成長させてくれると思います。
ありがとう、新聞。
(読売新聞 8月25日付)
「あっ倉田小学校が載っている。」
八月二日の読売新聞朝刊の記事を見た時、驚いた。その記事の内容は、私の母校である、横浜市立倉田小学校が国際宇宙ステーションに滞在している古川聡さんと無線で交信するというものだった。
記事によると倉田小学校は、二〇〇九年からNASAのスクールコンタクトという、宇宙飛行士とアマチュア無線で直接交信するプログラムにエントリーしていたようだ。しかし、私が通っている時にはどの先生からも、その話を聞いたことはなかった。昨年この話があったら、私も交信者として立候補したかったのにな。と少し残念だったが、母校が抽選で当たったことは、本当に嬉しいことだ。
申し込んでくれた校長先生は、普段話す機会のない、大きな夢を叶えた宇宙飛行士と交信することにより、夢や希望を持つことの大切さを知って、大きく成長してほしいと思ったのではないかと思う。
八月十六日、倉田小学校の体育館で行われた、古川さんとの交信を見に行った。
記事の中の中田君は、アメリカの上級アマチュア無線免許を取得しているようだが、小学五年生が本当に宇宙飛行士と交信することができるのか。と少し心配だった。また、特別な設備のない小学校で、うまく交信できるのか疑問に思っていた。
交信が始まり、私の心配は、全く必要なかった。中田君は、交信がつながらなくても、動揺することなく、
「宇宙ステーションの古川さん聞こえますか。」などと何回もくり返し呼びかける姿はとても小学五年生とは思えないほど堂々としていた。
そして、古川さんが、
「はい、古川です。」
と言った時、私はよかったと思い、周りも
「わぁー。」
という声や、拍手が起きた。
古川さんは、十分ぐらいの短い時間の中で、十五人の質問に、分かりやすく、ゆっくりとていねいに答えてくれた。
今回、地球と国際宇宙ステーションをつないだ無線というものについて、改めて考えてみると、私が知っている範囲は、とてもせまいということに気づいた。今までは、警察官が使用していたものや、テレビ番組で見たものだけだった。そして、宇宙との交信をするには免許が必要だったということを初めて知った。
今回、この貴重な経験をした子どもたちの中から、宇宙に興味を持ち、宇宙飛行士にあこがれ、将来宇宙に関わる仕事をする人が出れば、すばらしいことだと思う。また、宇宙でなくても、古川さんのように、何年かかっても自分の夢をあきらめないで努力を続けることが目標になればいいのではないかと感じた。
校長先生が挨拶された時、
「夢を持って夢を語る。それは、実現に向けて、大きな力になる。」
と話された。私はその言葉が心に残り、いくつかある夢の中で、本当になりたいものが決まったら、その夢を実現するために、一生懸命努力していこうと思う。
(読売新聞 8月2日付)
今年の直木賞を受賞された方の記事を新聞で見つけました。池井戸潤の“下町ロケット”。私がなぜこの記事を読もうと思ったのかというと、この記事の題名の“ものづくりの情熱を胸に”の“ものづくり”という言葉にひかれたからです。
私は、ピアノを習っています。まず最初に楽譜をもらってから、音をよみ、フレーズを考えながらひき、最後に表現力を加えて曲を作り上げていく。徐々に作り上げていくものとして、ものづくりとピアノは似ているのではないかと思いました。
筆者の池井戸さんがこう言っていました。
「ものづくりは楽をしようと思えば、いくらでも楽ができる。だけどそれではものづくりのクオリティを保つことはできない」
新聞にも書いてありました。今の多くの中小工場は苦境に立たされている。コストは切りつめられ、品質の向上より残業代削減のほうが重要な経営目標だ。働く人の意識も変わった。プライドを持ち、コツコツと努力して技を磨き上げる面倒なことは敬遠されがちになり、簡単に覚えられる仕事、手っ取り早くお金がもらえる仕事へと人が流れていく。いま気がつけば、世の中全体から夢がなくなり、経済的にという以前に精神的に貧しくなっているのではないでしょうか。
この記事を読んでみて、私は少し考えてみました。今のものづくりの世界に一番大切なものは何なのか、欠けているものは何なのか。答えはすぐには分かりませんでした。答えが見つかったのは、この前のピアノのレッスンの時でした。その週はあまり練習ができなかったので短時間でなんとか譜読みをし、間ちがえないでひけるように練習しました。そうしたら、ピアノの先生にとてもしかられてしまいました。私が、(きちんと間ちがえないでひけたのに)と思っていたら、先生が、「結ちゃん、ただひけばいいってもんじゃないのよ。手間と時間をたっぷりかけて、じっくり曲を作りこまなくちゃ。誰もがもう一度聞きたいと思う演奏をしなくちゃいけないの」と注意されました。
この先生の一言に答えがありました。
今のものづくりの世界に欠けているのは“手間”です。手間をおしむと絶対に良いものは出来上がりません。小説だったら、もう一度読みたいと思う小説を、製品だったら、もう一度使いたいと思う製品を、ピアノだったら、もう一度聞きたいと思う演奏をしなくてはいけないのです。
私はこの記事を読んで、とても大切なことを学びました。ものづくりで一番大切なのは、時間をかけて自分にとって一番良いものを作りだすことだということ。
私も、じっくり時間をかけて、もう一度聞きたいと思ってもらえる、私にしかできない演奏ができるように努力したいです。
(読売新聞 8月2日付)
発達障害、自閉症、アスペルガー…。
このような言葉を聞くと世間の人々はどのような顔をするだろうか。偏見を持つ?差別する?つながりを絶つ?この新聞記事を読んでふとそう思った。私はみんなと同じ「仲間」だと思う。
私が小学校三~五年の時同じクラスに、コウ君と同じように自閉症を持った子がいた。また、特別学級にも数人いた。当然かもしれないが、一人一人、症状も性格も全く違う。その子たちはまわりの人たちからはあまり好かれていなかった。でも、それが私には疑問だった。なぜなら、まわりに害を与えたり、悪いことなどはしない子たちだったからだ。ただ、コミュニケーションが苦手だったり、相手のことを考えたりするのが苦手だったりするだけだ。それぐらいは受け入れるべきだろう。だから、私はその子たちとよく遊んだ。また、勉強や分からないことなども教えた。性別なんて関係なく。色々な、たくさんの人々と接した。そのように接しているなかで、多くの発見があった。まず思ったのはみんなそれぞれ様々な個性があるということ。コウ君にだって「聴覚過敏」という個性がある。得意不得意、好き嫌い…。一人一人の性格そのものも個性だととらえられる。これはとても大切なことであろう。次には、みんな自分なりに努力しているということ。これも個性に関係してくる。コウ君も大きくなるにつれ「ガマン」したり自分が落ちつける方法を理解し、行っている。これは簡単なようで実は難しいことであると思う。このような発見の中でたとえ障害があったとしても、なかったとしてもみんな同じ人間であり仲間であることには変わりないのだ、ということを再確認できた。
最後に、自閉症とは「自分を閉ざしてしまう症状」と書く。自分を閉ざしてしまうのには原因があると思う。それは、自閉症の子や人自身ではなくて、まわりにいる友達などにあるのではないか。まわりの接し方や言動により、自分を閉ざさざるをえない状態になってしまうからだと私は思う。まわりがどうして自閉症へおいやってしまうのか。考えた。そして出た結論は、今の世の中には多種多様な「機械」が日常にあふれている。そのような時代に私たちは「機械」とばかりつながりを持ってはいないか。家族や友人、知人、そして世の中から弱者と称される人たちとのつながりを大切にしているだろうか。とてもすぐに「イエス」とは言えない。だから、これからはもっと多くの人と接して人と人どうしのつながりを大切に過ごしていきたいと思った。
(朝日新聞 7月27日付から15回)
「なぜ毎日、新聞を読むのでしょうか?」私は新聞記者になったつもりで、祖父と父にインタビューをしてみた。すると祖父は、「耳だけの情報だと聞き逃してしまうのと、確かな情報を得るということは“読む”ことが一番大切だから。」と答えてくれた。
また、政治・経済面を中心に読んでいる父は、「紙面には情報が整理されているし、自分の業界の動向と取引先の情報を知るためかな。」と話してくれた。
テレビやインターネットで情報を得られる今、それでもなぜ新聞を毎日読むのかが気になっていたので、なるほど、活字から情報を得ることの大切さを私は改めて感じた。
私が小さい頃から大好きな本に『サンタクロースっているんでしょうか?』という、アメリカの新聞ザ・サンの記者と八才の女の子の百年以上前の社説がある。女の子はザ・サン紙に「友だちはサンタクロースなんていないと、と言っています。パパは、新聞社のひとにきいてみなさいと言いました」と、サンタクロースは実在するのかについて投書をし、フランシス・チャーチ記者が「見えるものしか信じない人もいるが、この世には愛や思いやりといった、目には見えないけれども確かに存在するものがある。それと同じように確かにサンタクロースも存在する」というような内容の社説を載せ、大きな反響をよんだ。それから五十年もの間、毎年クリスマスの時期になると、この社説が新聞に掲載されるようになったそうだ。新聞は正確で詳細な情報を載せるものが基本的な使命だと思うが、こうした小さな女の子の問いかけにも分かりやすい言葉で、解説でもなく評論でもなく真摯な姿勢で誠実に返事をするということがとても大切だと思い、温かい気持ちになった。
メディアの多様化により若者の活字離れが進んでいると言われているが、新聞を広げてみると政治・経済・国際・スポーツ・社会・生活など沢山の情報が載っていて実に面白い。数字を使って詳しく解説していたり、細かいところまでていねいに伝えている。そして、自分の興味のある分野以外の違う分野にも目を向けることができる。また、広告面もデザインや写真を眺めているだけで楽しい。
私が新聞記者になれるとしたら、子どもから年配の人まで幅広く読めるような記事を書いてみたいと思った。子ども向けには、分かりやすい言葉で政治や社会問題を記事にして、漢字にはふり仮名をふり、親や学校の先生とも討論できるような内容にしてみたい。そして、子どもの頃から新聞を読む癖がつけば、自然と活字から情報を得ることの大切さも身につき、きっと現代の若者のような活字離れにはならないのではと思う。また、年配の方向けには、元気に生活できるような記事や趣味などの文芸面を充実させた活力のある記事を書いてみたい。
そしてもう一つ、記者としてやってみたいことは各分野で活躍している人へのインタビューを記事にすることだ。読者が日頃、接することのできない著名人に、読者になり代わって話を聞き、記事にするのは難しいことだと思うが、どの分野であっても極めた人の話というのは必ず人と違う考え方や努力があるはずなので、そういう話を引き出してみたい。
ザ・サンの社説を書いた人物がチャーチ記者だということが明らかになったのは彼の死後だった。私は後世に残るような名文や社会的に影響力のある文は書けないかもしれないけれど、「世界に満ちあふれている愛や真心こそ、毎日の生活を美しく楽しくしてくれる」とチャーチ記者が書いていたように、人を温かい気持ちにさせたり、勇気や希望を与えることができるような記事を多くの取材を通して書いてみたいと思った。
「遊戯三昧」という言葉をご存じですか。今している事を楽しむという意味の禅の言葉です。私はこの言葉を知った時、ドキッとしました。楽しい事をするのではなく、今している事を楽しむというのは、簡単そうでいて難しい事であり、私はなかなか実行出来ていないのではないかと思ったからです。
この言葉は、甲子園の試合の結果を確かめようと思いふと開いた新聞にのっていた、元プロテニスプレーヤーの杉山愛さんの言葉の中にありました。甲子園の試合と自らの経験とを重ねて書かれていた記事でした。杉山さんの写真と、ご自身の手書きでの「遊戯三昧」の字に目が留まったというだけの理由で読んだ記事ですが、素敵な言葉が沢山記されていた為、何度も読み返してしまいました。その中に、「遊戯三昧」の言葉がのっていたのですが、もう一つ心に残る言葉がありました。それは、「乗り越えられない壁を神様は与えない」という言葉です。これは杉山さんのお言葉なのですが、この言葉は私がこの記事から得た最高の言葉です。
「遊戯三昧」と「乗り越えられない壁を神様は与えない」という二つの言葉は、どこかで結びついている気がします。「今している事」つまり「今おかれている状況」を楽しんでこそ壁を乗り越える事ができる、楽しんで挑んで乗り越えられない壁を神様は私達に与えない、私はそう思います。
それは、私の経験からも言えます。小学校六年生の秋、横浜市の体育大会に、クラス全員で参加しました。種目は、ダンスと大縄でした。ダンスは、週に一・二回の体育の授業で練習し、一か月程度で完成したのですが大縄は、自分達の思い通りの記録を出すまでにとても多くの練習をしました。初めは、皆で協力し、助け合い、励まし合いながらやるという大切な事を考えずに、記録をどんどんのばしていくという事だけを考えて練習していました。その為、リズムを乱した人を皆で責めてしまう事もありました。その結果、皆の顔から笑顔が消え、記録も下がってしまいました。それでも無理に練習を続ける私達に、「みんな楽しんでいる?どんなに沢山練習しても、みんなが楽しんでやらなければ記録はのびないんだから楽しみながらやりなさい」との言葉を担任の先生がかけて下さりました。その言葉通り楽しみながら練習をするようになった私達は、記録を急激にのばしていきました。結果、大会では最高記録を出す事が出来ました。しかし、私達が楽しむ事の大切さを知らずに練習していたから、記録という壁を乗り越える事は出来なかったと思います。
これは小学校のクラス内でのとても小さな経験ですが、私には得るものの多き経験でした。今でも、皆で助け合いながら記録に挑んだ練習の事など、思い出す度に前向きな気持ちになれます。だから、楽しんでやれば心も前向きになれると私は思います。
今年は三月中旬に東日本で大地震が、福島では原子力発電所で事故がありました。今も、多くの場面で多くの方が震災という壁と向き合いながらの生活を送っています。そんな中でも、苦しさや辛さの中に楽しみを見い出し、その場を楽しんでみる「遊戯三昧」の精神を皆が持つ事が、心の復興の手助けになるのではないでしょうか。勿論それは、大変難しい事だと思います。しかし、どんなに小さな事に対してでも楽しさを見つけてみて下さい。小さな喜びや感動に対して頬をゆるめてみたり、大切な人といつもより長い時間一緒に過ごしたり。そんな時、あなたの心はまた少し前向きになっているはずです。楽しむ心が幸せを呼び、幸せが前向きな気持ちにつながるから。それを信じて「遊戯三昧」の精神を大切に、また一歩踏み出しましょう。
(朝日新聞 8月14日付)