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クラブ特命大使・中西哲生さん(46)
フロンターレ、ハタチの物語(11)魂込めて魅力伝える

川崎フロンターレ | 神奈川新聞 | 2016年5月12日(木) 14:06

あなたにとってフロンターレを一言で表すと、という問いの答えは「魂」。闘将としてクラブの礎を築いた功労者の思い、そしてメッセージだ
あなたにとってフロンターレを一言で表すと、という問いの答えは「魂」。闘将としてクラブの礎を築いた功労者の思い、そしてメッセージだ

 クラブOBで恐らく、最も名前が知られている人物だ。「でも最近は、僕が昔何をやっていたかを知らない人も多いんです」。フロンターレの礎を築いた元主将は、そう笑う。

 1997年のクラブ創立時に移籍してきた。名古屋グランパスでは、ストイコビッチら世界的な名選手とリーグを盛り上げていた。スタジアムは常に満杯だった。そこから「観客が数百人なんてのも当たり前」のチームにやってきた。熱い思いがあった。「全く新しいクラブで、一から歴史を築いてみたかった」

 環境は比ぶべくもない。ましてや「プロスポーツチームが根付かない街」だった。強くするだけでは足りない。地域に愛されなければ、未来はない。スタッフと何度も話し合った。どんなに疲れていてもイベントや企画に出向いた。チケットとポスターを携帯し、機を見ては「営業」した。

 98年にはJ1参入決定戦で自らの致命的ミスでチャンスをふいにした。翌99年には主将として悔しさを初昇格に昇華させた。そして2000年、引退した。

 移籍から20年。常に2万人を動員するホームゲームに来るたび、感動する。「近道はないんだと。全部、一歩一歩。スタッフや選手が丁寧にやってきたから、今がある」。主力選手こそ、イベントに参加してファンを喜ばせる。自身が実践し続けて築いた伝統は、確かに息づいている。

 「フロンターレに来てわかったのは、自分がいかにちっぽけかということ。本当にいろんな人に支えられて、クラブは成り立つ。でも一人だって、できることもあるのだとも教えてくれた」。だから引退後、指導者ではなく解説者の道を選んだ。一人だって、サッカーの魅力を伝えることはできるはずだと。

 07年からは「クラブ特命大使」を務める。「丁寧に、一つずつ、泥くさく。おごらず、ひるまずに、やってほしい」。これまでと同じく、いや、それ以上に。闘将、魂のメッセージだ。

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