時代の正体〈505〉非戦の誓い捨てるな|カナロコ|神奈川新聞ニュース

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時代の正体〈505〉非戦の誓い捨てるな
安倍改憲考 記者の視点 デジタル編集部 田崎 基

  • 公開:2017/08/15 02:00 更新:2017/08/15 02:00
  • 神奈川新聞

【時代の正体取材班=田崎 基】戦争の惨禍を直視し、そして生まれた平和憲法がいま揺らごうとしている。首相たる安倍晋三氏が2020年施行という期限を区切り、項目を挙げてみせた改憲。70年にわたり堅持してきた憲法を巡る論議は異次元に入った。拙速にして空虚、国民を欺く提案が現実になろうとしている。自由と民主主義を大切に思う私たちはこの緊迫した状況に真正面から対峙(たいじ)しなければならない。提案の問題点と、その淵源(えんげん)はどこにあるのか-。
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 自民党は来年の通常国会期末、5~6月には改憲の発議をしようとしている。

 あと9カ月しかない。

 焦点は戦力不保持と交戦権否認を規定した「9条」だ。安倍首相は「1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込むという考え方は国民的な議論に値する」と述べた。自民党もこの方針で一致、3項を加える案や「9条の2」を新設する案が出ている。

 だがこの「自衛隊明記」には多くの専門家から疑問の声が上がっている。

 憲法学者の長谷部恭男早稲田大教授はこう指摘する。

 「なぜいま9条を改正するのか。結局は情緒にすぎない。何が何でも憲法を変えたいという安倍首相自身の願望を通そうとするあまり、国の安全保障を損なう事態を招こうとしている」

 そもそもこうした改憲の提案自体が重大な問題である、と指摘するのは首都大学東京の木村草太教授だ。

 「この改憲提案が否決された場合、自衛隊の存在自体が国民から否定されたことになってしまう」

 さらに深刻なのは、一国の首相であり自衛隊の最高指揮官である安倍氏が自衛隊について「違憲かもしれない」という疑いの目を向けている点だ。にもかかわらず政府はいまも自衛隊を運用し、予算を執行し続けている。

 問題は多様にして根深い。

「単に明記」の欺瞞(ぎまん)


 では「明記する自衛隊」とは何であろうか。

 政府は2014年7月の閣議決定で、憲法との関係から歴代政権が禁じてきた集団的自衛権行使を容認し、これに基づき安全保障関連法制を成立・施行させている。その立場からすれば当然、集団的自衛権行使が認められた「自衛隊」の明記を意味する。

 つまり、安倍首相の9条改憲とは、単に「自衛隊」を明記するか否かという問いではなく、「集団的自衛権と安保法制を合憲化するか、否か」という問いである。

 だが首相も政府・与党もそうした説明を一切しない。「現状を追認する」「単に書き込む」「自衛隊員の思いや尊厳のために」と繰り返す説明は恐るべき詭弁(きべん)であり、国民への欺きに他ならない。

 憲法で軍事組織の存在を認め、しかし、その中身は全て法律で規定すればいいと考えているのであれば、安倍首相による思いつきは想像以上に危険な提案だ。権力がその最大の力を発揮する最終局面である軍事力の行使は、明確にその限界を憲法によって縛っておかなければならない。


提案の根源を探ると


 ここである疑問がもたげる。突如として安倍首相が発した「9条1項、2項を残し自衛隊を明記」という案は、一体どこから出てきたのか。

 自民党には2012年4月に作成した「憲法改正草案」がある。9条2項を改正し「自衛権の発動を妨げるものではない」と規定、「9条の2」を新設し「防衛軍」を創設、「9条の3」では「領土等の保全」をその目的に定めるなど、9条改正について細かく明記している。

 首相提案はこうした党内の積み上げを黙殺するもので、いかにも唐突だ。

 ここに1冊の機関誌がある。安倍首相の政策ブレーンとされる伊藤哲夫氏が代表を務める「日本政策研究センター」が発行する月刊誌「明日への選択」だ。

 伊藤氏は16年7月の参院議員選挙を終えた直後、9月号に「『三分の二』獲得後の改憲戦略」と題し論考を掲載している。

 要旨は「3分の2突破という結果は実に大きい。最優先は護憲派陣営への反転攻勢」とし、中国の対外的な行動を脅威として強調していくことで、護憲派陣営に対し「反戦平和」「安保法廃止」「9条による平和」を唱え続けるのかを問うべきだ、としている。

 そしてこうつなぐ。

 〈護憲派が改憲に反対する理由として常に掲げるのは、改憲は憲法が謳(うた)う平和、人権、民主主義という普遍的価値観を否定するもので、それは戦後日本の歩みそのものを否定するものに他ならない、との主張である。(中略)むしろ今はこの反論にエネルギーを費やすことを止め、まずはこうした議論を無意味なものにさせるところから始める、という提案である〉

 〈ならば、そのような憲法の規定には一切触れず、ただ憲法に不足しているところを補うだけの憲法修正=つまり「加憲」なら、反対する理由はないではないか、と逆に問いかけるのだ。(中略)ここは一歩退き、現行の憲法規定は当面認めた上で、その補完に出るのが賢明なのではないか〉

 こう理由を示した上で、9条に3項として「自衛のための実力の保持を否定するものではない」という規定や緊急事態条項などについて書き加えるよう提案している。護憲派の主張を冷静に見詰め、極めて戦略的に、いかにすれば改憲できるのかを考察している。

 論考にはこうもある。

 〈第一段階としてこのような柔軟な戦略を打ち出せば、公明党との協議は簡単ではないにしても進みやすくなるであろうし、場合によっては護憲派からも現実派を誘い出すきっかけとなる可能性もある〉

 伊藤氏は、保守系団体「日本会議」の政策委員でもある。

 その日本会議は、日本最大の右派組織とされ、会員は現在4万人。この3年で約5千人を増やした。その「国会議員懇談会」には超党派の議員約280人が所属、閣僚の7割が名を連ねている。

焦土に立てた誓い


 「なぜ」「いま」憲法を変えなければならないのか。論理的な説明はほぼない。

 つまり「とにかく変えたい」という情念しかない。それはここ数年、政府与党が挙げてきた改憲項目が二転三転していることからも明らかだ。

 首相提案に端を発し差し迫った状況に至り、翻ってもう一度、憲法の本質的な意味を問い直したい。

 憲法は、1945年のあの敗戦の焦土から生まれた悲しみの誓いだ。

 先人の過ちと、慟哭(どうこく)と悲憤、途方もない犠牲の上に立ち、そのとき人類が到達した英知が刻み込まれている。どうすれば国家は戦争の惨禍から最も遠く離れていられるだろうか。

 その誓いを、たやすくうち捨てることを決して許してはならない。


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