【時代の正体取材班=田崎 基】これは権力暴走の最終局面なのだろう。政府が今国会での成立を目指す、いわゆる「共謀罪」法案。必要性を強調する政府の説明は欺瞞(ぎまん)と曲解、不条理で埋め尽くされている。共謀罪は、戦後私たちが大切にしてきた「自由と民主主義」を直撃する。運用は監視社会と、それによって物言うことを恐れる萎縮をもたらす。
「本日はこれにて散会いたします」。2月6日、衆院予算委員会が開かれている委員室に定型句が響き、続々と議員が立ち上がる。
記者席で質疑を聞いていた他紙の記者がぼやいた。「頭が変になる。まともに答えていないし、理解しようとして聞くと、質問が何だったのかさえ分からなくなる」
その日は民進党の山尾志桜里議員と、金田勝年法務相が共謀罪を巡り質疑と答弁を繰り返していた。質問は法務省が「現行法では的確に対処できないテロ事案」として示したハイジャックなど3事例に及んだ。
-大臣、これは立法事実(法制定の根拠となる社会的事実)ですか。
「立法事実を理解してもらう上で、非常に大事な事例だと思っております」
-イエスかノーかでお答えください。
「この3事例はテロ等準備罪につきまして、その成案を得られていない段階で条約を締結してテロを防ぐため、現行法のどこに不十分な点があるかについて分かりやすくご理解いただくための事例をお示ししたものと考えております」
「立法事実というのは、立法の必要性を裏付ける一般的事実のことであります。従いまして私は現行法に不十分な点があることの説明にこの事例を使っておるという意味において、立法の必要性を裏付ける、いわゆる立法事実の一つであると考えております」
-ようやく立法事実だとお認めになりました。(中略)立法事実その4は現時点であるのですか。
「多数存在すると思います。(中略)3事例のほかにも現行法上、的確に対処できないと考えられる事例はあると考えております。(中略)私の頭の中に、あることはあります」
-一つでも出してください。
「法務省がお示しした3事例以外については現在理事会で協議されており、その判断に従う。(中略)指摘を踏まえて成案を作る中で丁寧に議論を重ねていきたい」
-4事例目は成案ができてからしか出せない、というのはなぜですか。
「多数あると考えておりますが、成案を得た後、テロ等準備罪の具体的な対象犯罪に基づいて丁寧にご説明していきたい」
-大臣、いま一つでも把握しているんですか。
「既存の現行法上、対応できない例があるんだということを分かりやすくご理解いただくために必要な事例だった。このように考えております」
-質問に答えていません。3事例以外に多数あるとおっしゃった。一つでも頭の中にあるんですか。
「現在理事会で協議されており、その判断に従うと申し上げた通りです」
このやりとりを受け、浜田靖一委員長は指摘した。「大臣は勘違いをされているようでありますが、いまの質問に関しては理事会の協議になっておりません」
通底する欺き
一般市民も監視や摘発の対象になると懸念されている法案に対し、このような信じがたい迷走が国会で繰り返されている。その原因は金田法相の資質もさることながら共謀罪の本質にこそ問題があるからだ。
誤解されているが、実は現行法のままでも、国境を越えて発生する組織犯罪を防ぐ「国際組織犯罪防止条約」に批准できる。にもかかわらず、批准にはいわゆる共謀罪の新設が欠かせないと力説する曲解
。
しかも条約自体、テロ対策とは無関係である。これは大半の刑事法学者にとって共通認識だ。にもかかわらず、呼称を共謀罪から「テロ等準備罪」に変える欺瞞。
さらに法文案の中には「テロ」の文字さえないという不条理。
これはたちの悪い冗談ではない。言論の府でまさに起きていることだ。
数百という犯罪について、「未遂」や「準備」よりも前の「計画」の合意(共謀)段階で処罰するという極めて重大な人権侵害を伴う刑事立法である。「既遂」の処罰を原則とする日本の刑事法体系を根底から覆す法律が作られようとしている。
政府のごまかしに呼応するように、報道機関が正体不明の枕詞(まくらことば)を多用していることにも寒気がする。例えば、
「共謀罪の構成要件を厳格化した『テロ等準備罪』」という表現。あたかも適用が厳密になっているかのようだが、「構成要件が厳格化される」という具体的根拠は全く示されていない。
テロ犯罪とは無関係である「国際組織犯罪防止条約」を説明する際も、一部の大手メディアは「組織的なテロや犯罪を防ぐための」という誤った認識を導く修飾語を付けている。
政府は「『共謀罪』と『テロ等準備罪』は別物」と強調してきた。そして批判や懸念に対し「対象犯罪を絞り込む」「組織的犯罪集団による犯罪に限定する」などと説明してきた。だが、何をもって組織的犯罪集団と認定するかは、捜査機関の裁量次第だ。
そもそも対象犯罪の絞り込みや犯罪集団の定義付けといった議論は、共謀罪がかつて3度廃案となった2003~06年になされたものと変わらない。当時をよく知る海渡雄一弁護士は「まるでデジャビュ(既視感)のようだ」と憤る。