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北鎌倉「緑の洞門」開削問題 情景は失われるのか

社会 | 神奈川新聞 | 2016年4月7日(木) 09:24

人が通れるだけのささやかな穴がうがたれた北鎌倉トンネル。市は昨年4月から通行止めにしている=2015年2月、鎌倉市山ノ内
人が通れるだけのささやかな穴がうがたれた北鎌倉トンネル。市は昨年4月から通行止めにしている=2015年2月、鎌倉市山ノ内

 文化人や住民が愛した北鎌倉の景観の一つ、「緑の洞門」と称される素掘りの「北鎌倉トンネル」を山ごと切り崩す開削工事が迫る中、事業主体の鎌倉市の正当性が揺らいでいる。市が根拠としてきた落石の危険性について、トンネル工学の第一人者は「安全性は担保できる」と反論。現場に隣接する円覚寺も、前最高責任者が「開削はむちゃくちゃだ」と声を上げた。景観と安全を両立する対案が住民から出される中、それでも、ささやかな情景は失われるのか。

 

権威の反論


 「現状の洞門は少し手を入れれば安全性を担保できると思われます」。トンネル工学の権威、小泉淳・早稲田大理工学術院教授は明言する。保存を求める市民を通じ、3月末に出したコメントの一節だ。小泉教授は昨年、市が日本トンネル技術協会に委託して同トンネルの安全性を検証した際の検証委員の一人で、公然と市の決定に反論するのは異例といっていい。

 検証委員は、トンネルのある岩塊の安定性を調べるとともに、補強して保存する場合と、開削する場合の費用対効果を検証。その報告書を踏まえ、市は昨年8月末に開削を決定した。

 報告書自体は判断材料を提供しただけで、開削の是非の結論は出していない。だが、小泉教授は今回のコメントで、委員会を開いた市の姿勢について「結論ありき」の方針が「これほど明確な委員会はほかになかった」と指摘。安全性については「景観に配慮した補強方法も十分に考えられます」と保存の可能性も示した。これに対し、市道路課は「小泉教授も含め4人の委員の意見が入っており批判は当たらない」と反論する。


 

揺らぐ根拠


 開削の理由は「総合的な判断」(同課)。具体的には、これまでの市当局の話を総合すると(1)落石の懸念(2)現状では緊急車両が通行できない(3)保存の費用対効果の悪さ(4)史跡としての価値に乏しい-といった根拠による。しかし最近、これら主張に対する反証が相次いでいる。

 「(1)落石」への対策は、小泉教授も指摘するように補強で保存を実現した前例がある。隣の逗子市は、中世以来の交通路である名越切通(きりどおし)を保存するため、ボルトや充填(じゅうてん)剤で岩盤を補強した。「(2)緊急車両の通行」も、実は対策済みだ。市消防本部は鎌倉特有の狭い道をリストアップし、消火栓や患者搬送用のストレッチャーの使用を想定、図上訓練も重ねているという。

 「(3)費用対効果」の面では、市民団体「北鎌倉緑の洞門を守る会」が情報公開請求を踏まえ、市の試算に「数字の操作」があると指摘した。開削、保存双方のコストを比較する際、市はトンネルの管理期間を40年の長期間に設定した上、開削の場合には「5年に1度」と定めた保守点検の頻度を、保存の場合だけ「毎年」と設定。同会は「保存の費用が不利になるよう水増しした」と批判している。

 

価値ない?


 「(4)史跡としての価値」も、歴史学者らによる史料の調査で、市の従来の見解が覆されつつある。同トンネルを含む尾根は、中世以来の景観で、鎌倉の領域を外界から隔てた重要な「結界」だったという。歴史家らでつくる「北鎌倉・円覚寺の谷戸景観の保存を求める有志の会」が明らかにした。

 従来、この尾根は1889(明治22)年の横須賀線敷設によって原形が失われたとされ、市議会でも文化財部が「線路部分で削られ(略)宅地化によって削られた」「(尾根の)先端が大きく破壊され(略)旧状をとどめていない」と答弁した。

 対して、史料を示し反論するのが、伊藤正義・鶴見大文学部文化財学科教授だ。旧陸軍陸地測量部や国土地理院などが作成した年代別の地形図7枚を比べ、同線の開通や複線化、宅地化などを経ても尾根の形状に大きな変化が見られないと結論づけた。「私は実証主義者だ。市の主張は当たらないと言える」

 そもそも、市が「史跡の価値は失われた」と主張した根拠は、明治期に描かれた観光客向けの鳥瞰(ちょうかん)図だった。当然、地形図のような正確さはない。だが、市文化財部は「伊藤教授の示す地形図の信憑(しんぴょう)性は低い」と強弁するばかりだ。


 

異例の発言


 「鎌倉こそ、ああいう風景を残さなければならない」。臨済宗円覚寺派の管長を30年にわたり務めた足立大進前管長が、この問題について初めて口を開いた。トンネルに隣接しながらも沈黙を貫いてきた円覚寺の関係者、しかも宗派の最高責任者だった人物の発言は異例で、保存を求める住民らも驚いている。

 本紙のインタビューに応じた足立前管長は、3月下旬に独り市長を訪ねたことを明かした。「もう一度考え直してほしいとお願いしました」。思い余っての直談判だったが、市長は「既に決まったことだ」との回答を繰り返したという。

 複数の市民グループの保存案を挙げ「様子を見ればいいと思います。せめて、もう少し時間を掛けて再検討する気持ちを示してくれれば…」と唇をかむ。

 

坊さんの心


 トンネルは現状では、史跡や文化財に指定されていない。しかし、古くから街の一角になじんだ何げない風景をこそ、足立前管長は愛する。檀家(だんか)を訪ね市内の山崎地区へ通った際に何度も歩いた、狭い切り通しの情景が忘れられないという。後に開削され、周辺も開発された。「惜しいことをしたと思いますね」

 足立前管長は、自ら聖域の在り方をも内省する。昭和30年代、急速に進んだ宅地化が鶴岡八幡宮の裏山にまで迫った時、市民や作家、学者とともに僧侶たちも反対の声を上げた。古都保存法の制定につながった「御谷(おやつ)騒動」だ。翻って今回は-。

 「坊さんの心を忘れた人もいるのではないかな」。足立前管長は重々しく語った。トンネル開削は、敷地が接する円覚寺やその塔頭(たっちゅう)にも無関係でない。「地所が広がると期待する人もいるのでしょう」と、檀家や墓所を増しつつある近年の傾向に疑問を投げかける。「洞門はわずかに残された“文化財”(的存在)ですから、何とか守ってほしい。鎌倉には緑を守った歴史があるのですから」

小泉教授コメント全文



 私は日本トンネル技術協会に委託された本検討会の委員であったため、メッセージを出すにはかなりの抵抗があります。しかし、今まで参加した委員会の中でも、この委員会の結論には何となくすっきりしないものがあります。「結論ありき」の委員会も多くありましたが、これほど明確な委員会はほかになかったように感じています。「何を目的に道路を拡幅するのか」が、解けない謎です。どのようなものでも一度破壊してしまえばもとに戻すことはできません。現状の洞門は少し手を入れれば安全性を担保できると思われます。しかも、景観に配慮した補強方法も十分に考えられます。開削はいつでもできます。本当に保存できないかどうかを再度検討されることを望みます。

 早稲田大学理工学術院
 教授 小泉淳

 

北鎌倉トンネル開削問題 市が落石の危険などを理由に計画、今月4日に工事準備に着手した。トンネルは高さ2メートル、長さ約7メートル、幅2.5メートルで、少なくとも80年以上前に岩を掘り抜いて造られた。中世以来の交通遺跡として重要との指摘もある。地権者は市やJR、寺院、住民など複数。

 市は2014年8月、トンネルを含む岩盤を完全に崩し、道路を4メートルに拡幅する案を提示。市議会は15年10月、8200万円の工事費支出を承認した。

 複数の市民グループは「景観の維持と安全確保は両立可能」と保存を求める。2万筆を超える署名提出に加え、逗子市の名越切通に倣った補強や、安価なライナープレート(波形鋼板)をトンネルにはめ込むなど、複数の対案も。21人の学識者は今月1日付で開削に反対する緊急アピールを出した。

 住民22人は今年1月、開削工事は違法な公金支出に当たるとして、松尾崇市長に工事費を支出しないよう求める訴えを横浜地裁に起こした。

 
 

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