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【カナロコ・オピニオン】デジタル編集委員 石橋学
時代の正体〈459〉笑顔奪う知事の差別

社会 | 神奈川新聞 | 2017年4月2日(日) 11:29

在日朝鮮人のアイデンティティーを育んできた横浜朝鮮初級学校と神奈川朝鮮中高級学校=横浜市神奈川区
在日朝鮮人のアイデンティティーを育んできた横浜朝鮮初級学校と神奈川朝鮮中高級学校=横浜市神奈川区

【時代の正体取材班=石橋 学】県の2017年のスローガンは「スマイルかながわ」だという。ホームページには笑みをたたえる黒岩祐治知事の動画とともにうたい文句が躍る。

 「共生でスマイル すべての人が笑顔で暮らせるスマイル社会」

 県が制定した「ともに生きる社会かながわ憲章」も紹介されている。

 「私たちは、あたたかい心をもって、すべての人のいのちを大切にします」「私たちは、誰もがその人らしく暮らすことのできる地域社会を実現します」

 16年7月26日、相模原市の障害者施設で19人が刺殺された事件を受けたもので、残忍な殺害を可能にした「障害者は生きるに値しない」という差別思想の克服が「ともに生きる社会」の実現に欠かせないとうたわれている。

 これほどの矛盾と倒錯を私は知らない。

 「すべての人が笑顔で」「すべての人のいのちを大切に」「誰もがその人らしく」。そう強調されればされるほど「すべて」から排除されている人が受ける傷を思う。疎外感、存在の否定、それも差別をなくそうと唱えるその人が手を下し、自覚もないらしいという二重、三重の絶望-。

 県は朝鮮学校に通う子どもたちへの2016年度の学費補助金を交付しないことを決めた。17年度補助費の予算計上見送りと併せ、黒岩知事の政治判断を支えるものは、朝鮮学校のみ特別に扱うことをよしとし、そこに通う子どもは不利益を被っても仕方がないという差別のまなざしにほかならない。補助金停止は、掲げたスローガンが空疎なものであることを告白しているだけでなく、子どもたちの笑顔を奪い、命を脅かしてさえいる。

責 任


 その耳に外からの声は響いていないようだ。

 黒岩知事は「約束した」と主張する教科書改訂、北朝鮮の拉致問題について「適切に」記述するよう求めたのに学校法人「神奈川朝鮮学園」が応じていないことを補助金停止の理由に挙げる。その錯誤を神奈川県弁護士会の会長声明が「そもそも」から説き起こし、指摘する。

 「神奈川県の対応は、朝鮮学校に通う児童・生徒の学習権(憲法26条第1項、同第13条)を侵害するおそれや、我が国が批准する国際人権規約(自由権規約・社会権規約)、人種差別撤廃条約及び子どもの権利条約に違反するおそれが大きい」

 「他の外国人学校に通学する児童・生徒に対する学費補助については教科書の記載内容が問題とされたことはなく、学園に通う児童・生徒に対してのみ教科書の記載内容を理由に学費補助を行わないのは、学園に通う児童・生徒に対する差別として憲法第14条に違反するおそれが大きい」

 「県が教科書の記載内容を学費補助の条件とすることは、私学の自主性の尊重をうたった教育基本法や私立学校法の趣旨に反するといわざるを得ない」

 学園側は拉致問題に関する記述のない教科書が問題視されたことを受け、独自に副教材を作成している。「『拉致』はあってはならない行為であり、日本社会のみならず在日朝鮮人社会にも深い悲しみや戸惑い、誤解や混乱をもたらしました」と記述され、拉致事件発覚後は朝鮮学校への嫌がらせも起きたが、それでも県が進める多文化共生施策に貢献しようと、さまざまなイベントで民族の舞踊や音楽を披露してきた歩みにも触れ、友好の大切さを説く内容となっている。

 副教材は黒岩知事に手渡され、県の職員は毎年授業を視察し、「問題がない」ことを確認した上で補助金が支給されてきた。にもかかわらず教科書の改訂にこだわる知事は一体何がしたいのか。「拉致問題が記述されないままでは県民の理解が得られない」と繰り返すばかりで、政治や国際情勢に左右されることなく安定的に教育を受ける権利を保障するため創設した学費補助制度を自ら否定する愚まで犯している。弁護士会会長声明は締めくくりで責任を厳しく問う。

 「学園に通う児童・生徒は、拉致問題についても教科書改訂がなされていないことについても何ら責任はないのであり、補助金を交付しないことはこの学費補助制度の趣旨に反する。そしてその結果として、学園に通う児童・生徒は、十分な学費を受けることができないという経済的損害のみならず、日本社会から疎外されたという大きな心の痛手を被っている」

宣 告


 県の対応の異様さは補助金交付継続を決めたほかの自治体と比べることで際立ってくる。

 「教育に政治問題を持ち込まないというのが私たちの一貫した姿勢。子どもにとってどうすべきかを判断基準にしている」。滋賀県の私学・大学振興課の担当者は滋賀朝鮮学園に16年度の補助金を交付した理由について「日本人が日本の学校で学んでいるように自分のルーツの言葉や歴史、文化を学ぶ権利は保障されなければならないのはもちろん、朝鮮学校の子どもたちも日本の学校へ進学したり、社会へ出て仕事をしたり、家庭を持ったりする。教育機会の保障は日本の社会にとっても大切だ」と言い切る。

 教育内容を調査した結果の判断でもあった。調査は昨年3月に出された、補助金支給の再考を促す文部科学省通知を受けたもので、「教育内容に踏み込む疑問、違和感は拭えなかったが、通知を無視できなかった」。結果は「日本やアジア諸国との融和を中心に教えられていた」。担当者は「これから日本で暮らしていく上で、変な教え方をされて困るのは子どもたち。おかしな教育がされていないのは当たり前だった」と振り返り、神奈川の対応を「そもそも子どもに対する補助金だったはず。二転三転する判断が特別扱いを物語り、子どもたちを傷つけていまいか」と首をかしげる。

 その黒岩知事は3月29日の定例記者会見でも「ボールは向こうにある」と迫り、痛痒(つうよう)を感じている様子はうかがえない。そこに透けるのは教科書を変えさせることこそが大義で、子どものためでもあるという傲慢(ごうまん)、独善、その前提にある差別と蔑視である。

 朝鮮学校に通うことはいけないことなのですか-。2月、横浜で開かれた神奈川朝鮮中高級学校の美術部展示会の作品の数々は、そう問い掛けているようだった。

 物憂げな少女が描かれ、周囲にハサミやペンチがつるされていた。「在日朝鮮人としてこの社会で生きていると、私たちを悪く思う人から差別を受ける。その痛みを表現したかった」。作者の中級部2年の女子生徒は自身の経験を語った。満員電車の中、スマートフォンのLINE(ライン)で母親とやりとりしていたときのことだった。背後から画面をのぞき見ていた中年とおぼしき男性は朝鮮語の表記に気づいたらしく、耳元でうめくような声を発した。

 「朝鮮人かよ」

 切り裂きや暴行事件が相次ぎ、朝鮮学校の女子生徒たちが登下校でチマ・チョゴリを着られなくなって久しい。女子生徒は駅に着くなり慌てて別の車両に移らなければならなかった。「怖くて言葉が出なかった」

 朝鮮学校の教室をテーマにオブジェを制作した女子生徒は授業や昼休みに録音した音を会場に流していた。「これが反日教育をしている声に聞こえますか。黒岩知事には一度学校に足を運んで確かめてほしい」

 北朝鮮情勢が報道されるたび「帰り道には気をつけなさい」と周囲の大人に言われる。「もう、うんざり」。猜疑(さいぎ)といわれなき憎悪を向ける過ちを知事が自ら示し、お墨付きを与えているように映る。「人質にするのはやめてほしい。私たちは普通に勉強して、普通に堂々として生きたいだけなのに、あまりに責められ続け、私たちがいけないのかなって思ってしまう」

 
 

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