【照明灯】生々流転|カナロコ|神奈川新聞ニュース

【照明灯】生々流転

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2015/04/07 09:38 更新:2015/04/20 16:45
 転居のシーズンは今がたけなわである。文豪・谷崎潤一郎は生涯に40回ほども家を移った筋金入りの引っ越しマニアだった。県内では小田原、横浜、湯河原に住んだ。とりわけ横浜での生活は、谷崎にとって思い出深いものがあったようだ▼横浜市内にあった映画会社の脚本部顧問に招かれ、最初の妻千代の妹せい子を銀幕デビューさせた。山手の洋館に住み、異国情緒を味わった横浜での暮らしは関東大震災により突然、終止符が打たれることになる▼「今の私の胸の中は、あのなつかしい港だった横浜の思い出で一杯になっているのである」と随筆に書いた。「追憶の一つ一つを創作の形にして」発表したいともつづったが、後にせい子をモデルにした「痴人の愛」に結実した▼震災で家を焼かれた谷崎は関西に移住した。そこでの暮らしを抜きに3人目の妻となる松子との出会いも、名作「細雪」が生まれることもなかった。運命を感じざるを得ない▼晩年、湯河原に新築した「湘碧山房」がついのすみかとなる。死の直前まで創作への意欲が衰えなかったという。県立神奈川近代文学館(横浜市中区)で開催中の「没後50年 谷崎潤一郎展」を見て、その人生から「生々流転」という言葉が浮かんだ。同展は5月24日まで。

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