【ひとすじ】「海抜ゼロ」から見つめる|カナロコ|神奈川新聞ニュース

【ひとすじ】「海抜ゼロ」から見つめる

海洋冒険家・八幡暁(上) 

牡鹿半島の美しいリアス式海岸を眺めながらこぎ進める八幡さん=宮城県石巻市沖

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 初夏を思わせる陽光が群青の海原を照らし、切り立つリアス式海岸、その濃い緑を際立たせる。うねりはない。全長3メートルほどのカヤックが引く航跡が水面(みなも)にきらめく。

 5月中旬、牡鹿半島沖。海洋冒険家、八幡暁(39)=逗子市=は顔を高く上げると、パドルを操る両腕にぐいと力を込めた。

 水平線の上、コンクリートの壁が浮かんでいた。防潮堤。痛みが胸によみがえる。「多くの命が失われ、海と人とが隔絶されたあの日を思うと、今も涙がこぼれそうになる」

 2011年3月11日、津波にのみ込まれてゆく漁村のニュース映像に八幡はくぎ付けになった。漁村、そこに生きる人々-。

 八幡が生き方を学び、針路を得た場所であり、存在であった。津波は人と海とを残酷に分かった。漁師たちは今、海とどう向き合っているのか。「海抜ゼロメートルの視点から見つめてこそ、感じられるものがあるはずだ」

 宮城県名取市から気仙沼市まで、東日本大震災で被災した三陸沿岸の700キロをカヤックで巡る「海遍路」。それは八幡の哲学を再確認するための旅でもあった。

失われた謙虚さ


 名も知れぬフィリピンやインドネシアの漁村、そしてニュージーランドの孤島。冒険家として世界の海を渡り、人々の暮らしに触れてきた。

 八幡にとってカヤックは「心と体を現場に近づける」ための道具だ。

 「どんなに高名な学者でも、通訳を連れ、陸から車で訪ねたら漁師たちは相手にしない。でも、突然海からやって来た変なやつのことは放っておけない。興味本位から話してもらえる」

 たちまち人の輪ができ、片言での会話が始まる。独自に培われた漁獲法、男たちの役割、村の食事や生活、その生きざま-。失われたものを見る思いだった。

 男たちは木で作った小舟で漁に出る。辺境の海で漁師たちは文字通り命を懸けていた。魚が捕れなければ村の死活問題になるのはもちろん、ときに海は荒々しい姿を見せ、人の命をのみ込む。

 「男たちが海に出たまま戻らないということは特異な非日常ではなかった」

 そこでは残された家族を村全体で助け支える関係が自然と成り立っていた。

 八幡もまた、大海原にカヤックで一人、波に翻(ほん)弄(ろう)され、風にあおられ、だから自然の力を知る。「危険を覆い隠し、つくり上げられた安全と安心に包まれた都市の中にいると、人は自然の中で生きているということを忘れてしまうのではないか」。

 自らの弱さを見失えば、傲慢(ごうまん)になる。他者との競争をいとわず、奪ってでも何かを得たいと熱望するようになる。「謙虚でなければ生き抜けず、仲間と助け合い、恵みを分かち合ってしか生きられない。そのことを語ってくれたのは海で生きる漁師たちだった」

 八幡は自問せずにはいられなかった。私たちの国は、どうだ。

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