【ひとすじ】海洋冒険家・八幡暁(下) 「野生スイッチ」に導かれ|カナロコ|神奈川新聞ニュース

【ひとすじ】海洋冒険家・八幡暁(下) 「野生スイッチ」に導かれ

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2014/06/30 10:00 更新:2016/09/12 10:58
 うねる水面(みなも)にカヤックが木の葉のように揺れる。三陸沿岸の被災地を巡る海遍路も中盤に差し掛かった5月下旬、宮城県女川町は牡鹿半島沖。海洋冒険家、八幡暁(さとる)(39)は自身の判断を少しだけ悔いていた。

 「メンバーの技量を総合的に考えれば、甘かったとしか言えない」

 海面に近い漕(こ)ぎ手の目線に3、4メートルのうねりはそびえ立つ壁のように映って迫る。3艇で連なっての旅、八幡を除けばメンバーのカヤック歴は長くて数年だ。互いの姿が見えなくなれば、たちまち距離と方向の感覚を失い、パニックに陥りかねない。

 数時間前、出航の支度に取り掛かっていた八幡たちに漁師は忠告していた。「おめーら、海、なめんでねぇどぉ。沖のうねりが強ぇから出んな」。そう言われても空は抜けるように青く、風も穏やかだ。荒天が3日続き、足止めをくらっていたことも想定を見誤らせたのかもしれなかった。

 「低気圧は沖で発達しながら北上している。北風が3日も吹き続けたのだから、うねりは相当大きい。だから気を付けよ。漁師はきっとそう言っていた」

 数キロも進まないうちに内海の港へ避難を余儀なくされた。

 でも、と八幡は考える。
 「こういう目に遭うと、すぐに『無謀』という話になる。でも、遊びだからといっても命を懸けないというのは違うと思う。世界中の漁村では小さな子どもが荒波打ち寄せる海で遊んでいる。大事なのは自然の中でしっかり危険を認識し、死なない知識や経験を積み重ねることではないか」。

 そうした日々があって、漁師たちは2011年3月11日、大きな揺れを感じるや沖へと船を出し、津波の難から逃れることができたのだった。

人も自然と知る


 八幡もまた、20歳になるまではどこにでもいる大学生の一人だった。サラリーマンの父と保育士の母との間に三男として生まれ、公立高校を卒業後、都内の私大へ。打ち込んできたアメリカンフットボールを続けた。

 だが、ほどなく情熱を失い、なぜだろう、近郊の山々へ足が向かった。
 
 覚醒の瞬間を八幡は忘れない。大学1年の初夏、沢登りの途中で道に迷った。日が暮れる。テントは持ち合わせていない。

 周囲を闇が包んでいった。「怖かった。でも、ふと気付いた。辺りは驚くほど多くの音に満ちていた」。風、葉音、虫や獣のいななき。月明かりの深林にたたずみ、五感が震えた。人間もまたその中に生きる自然そのものだった。

 「まったくの新しい世界。朝を迎え、ものすごく気持ちよかった。あの時、今まで使っていなかった自分の中にある何かが開いてしまった」

 野生スイッチ-。八幡が名付けたそれは、誰にでもあるが、押さないと働いてくれない。

 「スイッチが入れば、人は自然の一部として生きていることを身をもって知ることになる。生きる意味や幸せがまったく違ったものとして見えてくる」

 例えば八幡の場合、漠然とあった大学を出て、就職し、収入を得るという人生設計は、単なる選択肢の一つにすぎないと気付かせてくれた。

 導かれるように八丈島へ。素潜り漁の名人たちに出会う。3分間息を止め、深さ30メートル、もり一つで魚を仕留める鮮やかさに再びの衝撃。「学校なんか行ってる場合じゃない!」。技を覚え、もりを手に国内の島を巡った。

 やがて確信を得た。潜れる海があれば生きていける-。

 身一つで大洋さえ渡るカヤックに乗り込むまで、時間はかからなかった。

温めてきた構想


 被災地を巡る15日間の旅を終え、あらためて八幡は思う。

 「日本は地形的、気候的に自然災害から逃れられない。ならば、人が自然の中で生きていることを再認識し、知識と経験を積み重ねておくことで、次なる災害に耐えていくしかない。マニュアル化してもあまり意味がないことは、東日本大震災が教えてくれている」

 温めてきた構想があった。

 自然ツアー会社を立ち上げた沖縄・石垣島を昨年末に離れ、妻の実家がある逗子市に居を移した。

 「いま必要なのは野生スイッチ。それを都市に生きる人にこそ伝えたい」。海辺に子どもたちが自給自足の生活を体験する場がつくれないだろうか。電気もガスも水道もない。コンビニだってもちろんない。

 「海に出て漁をしてもいい。火を起こし、生き物の命を頂く。そこでは互いに協力し合わなければ生きられず、分かち合うことの大切さを知るはずだ。そうして生きている意味を実感し、幸せとは何かを考えてほしい」

 生身を使った体験はいざ災害が起きたとき、身を守る助けに必ずなるはずだ。手応えと言い換えてもよかった。漕がない限り、カヤックは前に進んでくれない。水を捉えたパドルを伝って腕に感じる重みこそ、生ける営みの証しだ。

 4年前に息子を授かり、思いを強くする。閉塞(へいそく)し、針路を失ったかに映る日本を「本気で変えたい」。それには「自分だけが勝とうとする人間を育てても、きっと役に立たない」。

 そのメッセージを都会にあって豊かな自然をたたえるここ、神奈川から-。

 八幡はいま、壮大な航跡をおのが手で描こうとしている。
 =敬称略 (おわり)

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