時代の正体〈49〉ハタチの叫び(中)

後悔しない生き方を 桑島みくにさん

「後悔しない生き方をしたい」。屈託のない笑みの奥に桑島さんは信念を宿す=横浜市港北区

特定秘密保護法に反対し、首相官邸前でデモをする。今度の総選挙は投票に行きましょうとフェイスブックで呼び掛ける。そんな自分は少数派かもしれない。でも、特別な存在だとも思わない。要は、自分がいまここにあるという歴史の連続性をどれだけ意識できるか、ではないのか。

過去はいまにつながっている-。

「だから、生き方が問われているのだと思う」。横浜市立大国際総合科学部2年の桑島みくにさん(20)=横浜市港北区=は、かみしめるようにゆっくり続ける。

「当たり前だけど、過去はいまにつながっている。日本は経済発展を遂げて、豊かな生活を手に入れた。でも、その陰にはたくさんの人の犠牲があった。それを知ってどう生きるか、私自身が問われている」

戦後70年の節目に成人式を迎える。それもきっと意味があるのだろう。

■犠牲 「犠牲」という言葉を口にするのには訳がある。

島根県にある全寮制高校で学んだ。平和学習に重きを置いた学習カリキュラムに特長があった。戦争の爪痕を巡り「日本の加害性」を目の当たりにした。

広島。大久野島という島で毒ガス兵器の研究が行われ、製造されていたことを知った。

韓国。植民地支配を経験した男性、従軍慰安婦だった女性に出会った。

沖縄。本土の捨て石となった地上戦、米国による占領統治の歴史を聞いた。

「韓国の男性は強制労働や日本語による教育を強いられたことを涙ながらに語った。沖縄では、あなたの街に基地を持っていってもらえますか、と尋ねられた」

それまで教わってきた歴史は日本の被害性が強調され、自国の視点からのみ語られていたことを知った。

「戦争で受けた被害の裏には、侵略戦争で傷を負ったアジアの人たちの苦しみがあり、戦後の復興では日本に切り捨てられた沖縄があった。繁栄の裏にあった人々の犠牲。社会の不条理さを見た気がした」

それはしかし、過去の話ではない、と気付かされた。きっかけは2011年3月11日、東日本大震災。当時、高校1年生。東京電力福島第1原発で事故が起き、「すべてはつながっていた」。

「福島の人たちが人生を奪われ、健康被害への不安を抱えながら生きている状況で、原発再稼働、原発輸出でもうけようとする企業がいて、政府がいる」

在日米軍基地をめぐる問題もそうだ。「中国や北朝鮮の脅威から日本を守るために基地が必要という人がいるけれど、沖縄の人が一番の危険にさらされている。日本を守るためになら、沖縄の人は犠牲になってもいいのだろうか」

変わらぬ不条理。「犠牲の上に成り立つ社会で生きていることを知り、そんな社会でこれからも生きていきたいのかと考えたとき、答えはノーだった」

■疲弊 「生きづらい」と感じた日々があった。

小学校高学年の時、それまでのゆとり教育が見直され、学習内容が大きく変わった。「急に漢字ドリルや計算ドリルを使うようになった。学校の雰囲気も一変した」

中学では「良い成績を取り続けなければ、落ちこぼれ、社会では生きていけないといった空気があった」。成績は良かったが、心は満たされなかった。

「先生や友達が自分を認めてくれているのも、勉強ができているからにすぎないのでは」という疑心がついて回った。「一体何のために勉強しているのか」。自分を肯定的に受け入れられず、疲れ切っていた。

インターネットの世界だけでなく街中にあふれる在日コリアンへのヘイトスピーチ(差別扇動憎悪表現)も、「反日」「売国奴」といった排除のためのレッテル貼りも、根っこは同じではないのか。「ゆとりや愛のある人が誰かを傷つけるだろうか。自分自身を肯定できないような社会が背景にあるのでは」

■共感 昨年12月の衆院選は選挙権を得て初の国政選挙だった。望んだ結果には程遠かった。自民党は圧勝し、投票率は戦後最低を記録した。

やはり変わらぬ現実。落胆は小さくなかった。抜け殻のようになり、家に引きこもった。

数日後、大学の友人からメールが届いた。「これを読んでほしい」。フランスでベストセラーとなった「茶色の朝」という寓話(ぐうわ)だった。

「茶色いもの」以外は認められないというおふれが国によって出され、やがて人びとの行動や考え方が国家に支配されてゆくというストーリー。

閉ざされかけていた胸に響き、涙が出た。

「声を上げることは面倒くさいし、疲れるし、受け入れられなければつらくなる時もある。でも、やめてしまったら、社会が変わらないどころか、声を上げることすらできなくなる」

後悔したくない-。

「社会の犠牲になってきた人たちは屈辱的なことも、忘れたいことも話してくれた。誰かが排除され、誰かの自由が奪われる世の中はおかしい、と気付かせてくれた」

自分にできることなんて、たかが知れているかもしれない。「でも、聞いた人間の責任がある」。思えばメールをくれた友人は、デモに行くような子でも、声を上げるような子でもなかった。「実際に行動を起こすのは簡単じゃないけど、このままじゃいけないと思っている人は増えている」

大学では、まちづくりや地方自治を学び、都市や地域が抱える問題をどう解決するのか勉強している。

「大企業だけがもうかり、格差が広がっていく社会はおかしい。農業を通じてでも、工業を通じてでもいい。誰かを犠牲にして成り立つ社会の構造、経済システムを変える方法を生み出していきたい」

同世代に、生きやすい社会への共感は得られると確信している。

【神奈川新聞】

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