ルーキー~飛躍誓う8選手~〈3〉石田健大|カナロコ|神奈川新聞ニュース

ルーキー~飛躍誓う8選手~〈3〉石田健大

本格派左腕として、先発の一角を期待される石田

◇頼りになるエースに(ドラフト2位/投手)

今でもあの時の夏空を思い出すことがある。

2010年7月25日、高校野球の全国選手権広島大会準々決勝。広島工高の石田健大は、これが公式戦最後となる旧広島市民球場のマウンドに立っていた。

直前の春季県大会で30年ぶりに頂点に立ち、続く中国大会でも初優勝に導いた。県内屈指のサウスポーはプロのスカウトからの熱視線を浴びながら先発した。

しかし、序盤から制球が定まらなかった。「何だか分からないまま、めちゃくちゃ打たれた」。6-11で大敗。憧れの甲子園への夢が絶たれた。

「自分は全然駄目。広島で騒がれただけだ」。その夏、ライバルの広陵高の有原航平(早大)が2季連続で甲子園に出場した。石田はプロ志望届をしまい、初めて故郷を離れることを決めた。

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法大には当時、三上朋也や三嶋一輝(ともに横浜DeNA)らが在籍。「六大学で野球をして目立てれば、プロへの可能性はある」。ハイレベルな競争に身を置き、左腕は1年秋から頭角を現していった。

徹底的にフォームを磨き上げ、直球は最速150キロにまで到達。変化球を投じるときの癖も直した。中でも、右打者の内角を突くストレートは一番の武器となった。

迎えた3年春、4月の慶大戦で15三振を奪って完封した。「法大に石田あり」との衝撃を与えた日、神長英一監督から「これでプロに近づいたな」と肩をたたかれた。一度は諦めた夢の扉が開いた瞬間だった。

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ただ、昨年のドラフトの結果に本人は複雑な思いを抱えている。

またも有原が上にいた。好敵手は4球団が競合し、1位で日本ハムに指名された。「高校時代からずっと騒がれている。ぎゃふんと言わせたい。同じ地元だし、競争する気持ちもある。負けたくない、自分が騒がれたいんで」

最終学年の昨年10月に悪化した左肩はまだ癒えていない。今もスロー調整が続く。それでも同じサウスポーだった河原隆一スカウトは、その気の強さに一目置く。「評価は下げたけど、両サイドへの制球は抜群。負けん気も強く、球団の未来を背負える」

幼少期には祖母と広島市民球場によく通った。焦がれたのは、元広島の佐々岡真司氏や黒田博樹(広島)のような頼りになるエースだった。「今度は広島相手に投げ勝って、あの赤を、徐々に青に染められたら」

【神奈川新聞】

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