県内唯一のメッセンジャー会社が創業10周年/神奈川|カナロコ|神奈川新聞ニュース

県内唯一のメッセンジャー会社が創業10周年/神奈川

開業10年で大所帯となったクリオシティ。中央が柳川社長=横浜市西区

志は誇り高きプロの「パシリ」、文字通りの使い走りだ。県内唯一のメッセンジャー(自転車便)の会社「クリオシティ」(横浜市西区)が、今月で創業10周年を迎えた。わずか4人で始めた会社は今や東京にも営業所を持ち、スタッフは約7倍に増えた。柳川健一社長(39)は「ようやくここまできた。横浜になくてはならない存在になりたい」と疾走を続ける。

午前8時すぎ。愛車に乗ったメッセンジャーたちが、古い民家を利用した「本社」に続々と集まってくる。2階の1室で行う朝礼は、ぎゅうぎゅうだ。「もう狭くなっちゃって」。社長の柳川さんはでも、どこかうれしそうだ。

開業当時、スタッフは自分を入れて4人。妻と一緒に事務所の2階に住み込んで働いた。「開業したことさえ、誰も知らない。ひたすら営業しても、全然電話が鳴らない日々が続いた」

ニューヨーク、ロンドンと世界の大都市には必ずメッセンジャーがいた。

「物流を担うトラックが大動脈なら、かゆいところに手が届く自転車は毛細血管。都市に血を通わせていく存在です」

東京の都心部でも、やはりビジネスが成り立っていた。

自転車が好き。生まれ育った横浜が好き。地元に貢献したい。その実感を得たい。自分なりに考えた形がメッセンジャーだった。

だが、甘くはなかった。

「会社が多いとはいっても、横浜ではそこまでの需要がなかった」。配達の手段として小回りと融通が利く自転車を使っているだけでは、事業が立ちゆかない。どうすればいいか。

行き着いたのは、「お医者さんのカウンセリングのような営業」。どんな会社にもある、外回りのちょっとした手間、雑用。丹念に聞いて回れば、港湾関係の諸手続きなど、港町横浜ならではのニーズがあった。

「ただの配送業ではなく、むしろ便利屋。外回りで手伝えることは全部やってきた。メッセンジャーは世界中にいる。横浜でもうまくいくやり方が必ずあるはずだと思っていた」

2年目の後半、黒字に転じた。「一人で泣きました。それまで自分の給与はゼロ。水ばかり飲んで暮らしていたから」。スタッフも一人、また一人と増え、都内に営業所まで構えた。

今でも、「自転車便なんて食べていけるの?」と聞かれる。不安になることもある。その疑問には、自身の背中で答えてきた。

わが家を構え、まな娘はもう7歳になる。「メッセンジャーでも、いわゆる『いっぱしの大人』になれると証明したかった」。開業当初からの社員も、同じように子どもをもうけた。「彼からそのことを聞いたとき、やっぱり一人で泣きました」。今は4人のスタッフが子育てをしている。

外回りのスタッフが「あなたが来ると会社の雰囲気が明るくなる。うちで社員として働かないか」とスカウトされる。「街で誰にも気付かれなくても、横浜にとってなくてはならない存在になりたい。そしていつか、スタッフが勤め先を聞かれて、『良い会社にお勤めですね』と言われるようにしたい」

雨の日も雪の日も風の日も。台風だって休まない。横浜をつなぐ「パシリ」として、今日も自転車をこいでいく。

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