決断を支える 出生前診断(下)検査前遺伝相談が重要、横浜市大付属病院・平原史樹病院長|カナロコ|神奈川新聞ニュース

決断を支える 出生前診断(下)検査前遺伝相談が重要、横浜市大付属病院・平原史樹病院長

平原史樹病院長

日本産科婦人科学会の指針では、専門医による遺伝カウンセリング体制を備えた施設で新型出生前診断(NIPT)を行うとしている。県内で唯一、NIPTを実施している横浜市大付属病院(同市金沢区)の平原史樹病院長(臨床遺伝専門医)に、遺伝カウンセリングの重要性と今後の課題について聞いた。

-市大病院で自身もNIPTの遺伝カウンセリングを担当している。

NIPTに関しては、検査前の遺伝カウンセリングが非常に重要だ。結果が出てから説明しても遅い。

カウンセリングを受けにくる大部分の夫婦は、かなり冷静に悩みながら決めている。元気に赤ちゃんが育っていくのが希望だけど、わざわざここで検査して、もし異常が分かったらどうするか、もう一度考えてくださいねと言うと、涙を流す妊婦さんはすごく多い。

でも、どんな結果が出ても夫婦2人で力を合わせて決めようと覚悟できなければ、この検査は受けるべきではない。というのは、そうでなかった人たちが、胎児の異常を知って、大混乱を起こした事例をわれわれは経験してきているからだ。

-十分な事前カウンセリングの結果、検査自体を中止するケースもあるのか。

NIPTの場合は、事前に十分なカウンセリングをしても、検査を取りやめる人はほとんどいない。

羊水検査では300分の1の確率で流産の可能性がある。市大では検査前にそのリスクも含めてカウンセリングを行うと、最近でも2割、10年前は半分が検査自体を取りやめていた。身体的なリスクがあるかないかは、大きな違いだと思う。

-NIPTの開始から半年が経過したが、社会の受け止め方に変化はあるか。

NIPTはみんながこぞって受けるものではなく、慎重に考えて受ける検査だとの理解が広がってきたとは感じる。

ただ、本当の理解なのかはまだ疑問がある。

この検査は、遺伝子の分析方法さえ確立できたら、ありとあらゆる疾患を調べることができる。例えば最近、米国の女優アンジェリーナ・ジョリーさんが、乳がん発症のリスクが高い遺伝子変異があるからと乳房を切除して話題になったが、あの遺伝性乳がんの検査も、やろうと思えば胎児の時点でできてしまう。うちの家系で心配な病気はこれとこれだから、胎児のうちに調べましょうと、オーダーメードの検査ができる時代は目前まで来ている。

-現在のNIPT指針では、ダウン症(21トリソミー)、18トリソミー、13トリソミーの三つの染色体異常を診断対象としている。

それだけにとどめておこうと、ブレーキをかけているということだ。

今生きている自分たちも、調べれば全員に必ず遺伝子の異常がある。異常があるのに生まれるのか生まれないのか、その線引きを誰がどこでするのか。NIPTの延長線上にそういう時代が来るという実感を、国民はまだ抱いていない。

-胎児のうちに分かることが増えている。どう向き合っていけばよいか。

家庭や学校教育を通して遺伝への理解を進め、社会が成熟する必要がある。

日本はこれまで、遺伝や先天異常に対して、あまりきちんと教育してこなかった。

先天異常の割合は出生児の3~5%、20~30人に1人生まれる割合だ。遺伝子の異常に至っては100%、ヒト全員にある。それは生物の普遍原則だ。たまたま先天異常を持っている人もいるが、ほかの人も必ず何らかの遺伝子の異常を持っているということ。しかしその原則を、日本人はきちんと学んでいない。

私は20年以上、遺伝カウンセリングをしているが、20年前は「子どもの婚約相手の家系に障害者がいるから破談させたい」という親からの相談が本当に多かった。遺伝カウンセリングはずっと、偏見との闘いだった。でも現在は、遺伝的背景があろうとなかろうと「そんなことは分かっている」とカップルができている。変わってきたなと思うところもある。

だが、医学の発展の方が早い。社会はもっと知恵を育まなければならない。

◇データ開示し国民で議論を

出生前診断の技術が急速に発展している現代は、遺伝に関する教育やカウンセリング体制整備を進めるとともに、「現状の正確な把握と議論が必要」と平原病院長は指摘する。

平原病院長がセンター長を務める横浜市大国際先天異常モニタリングセンターが、日本産婦人科医会とともに全国約300の医療機関に対して実施した調査を基に推計したところ、出生前診断で胎児の異常を指摘され、人工妊娠中絶したと考えられるケースは、2005~09年の5年間で約6千件に上り、85~89年の約6倍に増えている。平原病院長は「数値は推計にすぎないが、胎児の異常を理由とした中絶が増えてきているのは間違いない」とみる。

しかし、母体保護法で人工妊娠中絶を認めているのは「身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」で、胎児の異常を理由とした中絶は認めていない。

NIPTを実施している26施設のうち、市大を含む25施設は共同研究組織「NIPTコンソーシアム」に加入し、検査数や陽性数から妊娠経過の帰結まで、受検者にアンケートを行っている。

平原病院長は「胎児の異常を理由とした中絶については、世界中があいまいにしているのが現状だ。コンソーシアムはアンケート結果を開示し、データを基に国民が一度議論する必要がある」と話している。

◆ひらはら・ふみき 1977年、横浜市大医学部卒。98年12月から同大医学部教授、2002年から同大付属病院遺伝子診療部部長、11年10月副病院長、12年4月から現職。日本産科婦人科学会出生前診断見解改定案ワーキンググループ委員長。日本遺伝カウンセリング学会理事。62歳。

【神奈川新聞】

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