時代の正体〈670〉「宣戦布告」への答え|カナロコ|神奈川新聞ニュース

時代の正体〈670〉「宣戦布告」への答え

ヘイトスピーチ考 記者の視点=川崎総局編集委員・石橋学

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2019/02/10 09:46 更新:2019/02/10 13:53
 差別を心にまとった人間がどれだけ邪悪で、危険な存在になれるのかを、この人物は身をもって示している。瀬戸弘幸氏、66歳。古くはナチズムに傾倒してネオナチ団体を立ち上げ、現在は極右政治団体にして差別扇動団体「日本第一党」の最高顧問を名乗る古参のレイシストである。

 川崎駅周辺で行われたヘイトデモに果樹園を営む福島から参加したのは2015年3月。以来、デモや集会を川崎市内で繰り返し、在日コリアンを標的にへイト活動を執拗(しつよう)に続ける。その瀬戸氏がブログで「宣戦布告」と銘打った動画を掲載したのは今月4日。人々が行き交うJR川崎駅東口前で撮影された映像のなか、瀬戸氏は決定的なひと言を発している。

 「川崎市では在日コリアンがどんな犯罪を行っても処罰されることは一切ない。在日朝鮮人だけは何をやっても許される。それが川崎という街だ」

 県警も市もあきれながら「事実ではない」と否定する誰の目にも明らかなデマ。しかし、妄言に依拠する誹謗(ひぼう)中傷はとどまるところを知らない。

 「われわれはこういう現状を打破するために活動している」「必ずや彼らは牙をむいて、われわれの集会に妨害を加えてくる」「市役所も警察署も何にもしようとしない。またもや彼らの妨害活動を容認する姿勢がみられる」

 差別の扇動という許されない人権侵害を繰り返しているから市民の抗議を受けているというのに、虚構まで用いて加害と被害を転換してみせる卑劣。ここに典型的な差別扇動の手口をみる。例えば、カナダの人権法のガイドラインはヘイトスピーチの特徴を11の類型で示しているが、瀬戸氏の発言はそのうちの二つ、「ターゲット集団が社会の主要な組織を支配して他者の生存や安全などを奪う強力な敵として描かれている」「ターゲット集団が本質的に危険または暴力的な存在として描かれている」に当てはまる。

 特定の民族を暴力的かつ敵対勢力であるかのように仕立て、憎悪と迫害をあおる-。だからこそ「日本人」「われわれ」は強調されるのだった。街宣の中で瀬戸氏は建国記念日の11日に川崎区で計画している集会の目的を「日本人であるわれわれが愛国心を語る講演会だ」「われわれが自分の国の歴史文化を学び、われわれが日本社会でどうしていけばいいか講演する集会だ」と語った。「日本人以外」を「敵」として排斥を唱える意図がくっきりと浮かび上がっている。

過激化する活動


日本第一党神奈川県本部のヘイト街宣に参加する瀬戸弘幸氏(手前左)=1月19日、JR川崎駅東口

日本第一党神奈川県本部のヘイト街宣に参加する瀬戸弘幸氏(手前左)=1月19日、JR川崎駅東口

 先進国の多くがヘイトスピーチを刑事罰を含めて法規制しているように、愚かな世まい言と片づけることはできない。「誰の目にも明らかなデマ」であるはずなのに、ユーチューブの視聴者による書き込み欄には扇動効果が表れている。

 〈流石は日本第一党の最高顧問!瀬戸さんの勇気と行動は凄(すご)いです!本当に尊敬しかありません!〉

 〈日本を敵とし、日本の歴史と文化を破壊しまくる反日朝鮮人の暴力組織に、大金を与え公共施設を与える川崎市を断じて放置してはなりません!〉

 〈川崎市、警察上層部が在日に『乗っ取られて』いるということですね〉

 〈良識有る日本国民で川崎市を日本人の手に戻そう〉

 賛同が寄せられ、敵意が示され、排斥までが呼び掛けられている。瀬戸氏はおぞましくも、具体的な方法まで示してみせる。「宣戦布告」の翌5日、新たな動画をブログに掲載した。

 そこには一人の男が男性を路上に組み伏せ、首を締め上げているシーンが繰り返し映し出されている。男は日本第一党大阪本部長で、1月29日に県警に傷害容疑で逮捕された荒巻靖彦容疑者(54)。動画は昨年8月14日、差別に反対する市民に暴行を加える様子を撮影したものだった。

 荒巻容疑者はこの日、第一党神奈川県本部が川崎駅前で行った街宣活動に駆け付けていた。第一党京都本部長の西村斉氏と乗り付けた乗用車のスピーカーで「反日のクソチョンコ」「殺すぞ」などと大音量で連呼。2人は約1200万円の損害賠償が命じられた京都朝鮮第一初級学校襲撃事件をはじめ、数々の差別事件を首謀した有名なレイシストだ。被害に遭った男性(44)は抗議の意思を示したところ暴行を受けたのだった。

 差別に抗議する者へ危害を加えるという差別を動機としたヘイトクライム(憎悪犯罪)。だが、幹部の逮捕にも最高顧問の瀬戸氏は謝罪どころか、暴力を奨励するかのように動画を公開してみせる。

 そして11日の集会である。講師の一人は鈴木信行葛飾区議。極右政治団体「維新政党・新風」の代表だった16年3月、川崎駅前で行った街宣でやはり事件が発生していた。ヘイトスピーチに抗議した男性に支援者らが殴る蹴るの暴行を加え、右翼団体構成員4人が逮捕されている。弁士だった瀬戸氏同様、謝罪はない。差別・排外主義をあらわにした言動でも知られ、このような人物を再び川崎へ呼び寄せること自体が暴力性を帯びる。マイノリティーを恐怖させ、排除する以外の目的を見いだすことはできない。それが証拠に、新たな動画を掲載した翌6日から瀬戸氏は連日、反ヘイトを唱える在日コリアンの女性の実名を標的としてブログに書き記す。

 9日には在日集住地区の桜本で冒頭のデマを大音量で流しながら街宣車を走らせ、ブログでは「日本社会から悪党・国賊売国奴を追放しなければならない。その第一歩となるのが川崎だ」と集会への参加を呼び掛け、もはやその目的を隠すこともなくなった。

寛容を守るため


 瀬戸氏は今春の川崎市議選川崎選挙区から出馬予定の佐久間吾一氏を「同志」として支援する。前回は幸区から出馬した佐久間氏に外国人市民が多く暮らす川崎区から出馬するよう求めたのは自分だといい、佐久間氏が借りた区内のマンションに泊まり込んでいるとブログで明かす。川崎駅前でのビラまきや街宣車が目撃され、駅に近づけない在日の市民がいる。「街宣車を見かけたから注意するように」と連絡を取り合う親子がいる。平穏な日常が送れないという重大な人権侵害が生じ、継続している。

 「宣戦布告」はまさに「寛容」「多様性」を掲げる私たちのまち、川崎へ向けられているのだ。15年に来日した国連のマイノリティー問題特別報告者、リタ・イザックさんの警句を思い起こす。

 「忘れられがちだが、ヘイトスピーチの問題で留意しなければならないのは、マジョリティーの社会も影響を受けるということだ。社会の中にある敵対心に鈍感になり、ステレオタイプ化されたマイノリティーを『自分たちより劣った存在』と信じ込み、それが社会規範になってしまいかねない」

 「ヘイトスピーチが危険なのは『最初の一歩』になるからだ。ヘイトクライムは、誰かが特定のグループを対象にせよと言わずして起きることはない。だからこそ国はヘイトスピーチを規制する法律を作り、スタンスを明確にするべきだ。公の立場にある人物、政治家が批判するのでもよい」

 ここでの「国」は自治体、「法律」は条例と言い換えてもよい。何より川崎市にはルールがある。公的施設におけるヘイトスピーチを防ぐガイドライン。会場として佐久間氏は市教育文化会館の利用を申請している。前回は最も軽い利用制限「警告」にとどまったが、暴力の唱道へと活動がエスカレートをみて同じ判断はあり得ない。

 差別は表現の自由ではない。恐怖でマイノリティーを沈黙させ、表現の自由を奪い、公平公正な民主社会を破壊する。地域社会に分断と暴力をもたらすそれが政治活動であろうはずもない。寛容であるためには寛容を破壊する差別・排外主義に断固として非寛容でなければならない。ここ川崎では差別主義者の居場所はないと示す。それが「宣戦布告」への答えだ。

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