オペラは愛人、非日常的な夢のよう
- K-Person|神奈川新聞|
- 公開:2018/12/16 09:48 更新:2018/12/16 10:13
【K-Person】なかにし礼
「再演は難しいと思っていたが…」
1993年秋の鎌倉芸術館開館記念として台本を手掛けたオペラ「静と義経」の25年ぶりの再演に喜びを隠さない。日本オペラ協会の創立60周年記念公演として同演目に再び光を当てたのは、前回舞台に「磯の禅師」役で出演した同協会総監督の郡(こおり)愛子さん。「出演者として鎌倉芸術館の盛り上がりを肌で感じた郡さんが、選んでくれたことがうれしい」
作詞家として活躍し、作家としても「長崎ぶらぶら節」で直木賞を受賞。多彩な活動を「小説は本妻、オペラは愛人」と表現する。「恋であり愛であり、魂を連れて行かれる非日常的な夢のようなもの。膨大なお金と時間がかかるのに、のめり込んでしまうのも愛人のためだからこそ」とオペラへの愛を例える。
「静と義経」のクライマックスは、終幕の静のアリア「愛の旅立ち」。死の世界に旅立つ静と、あの世で待つ義経に歌う曲は「時空を超えるものでなければならないと、(作曲した)三木稔先生と大激論を交わした」と懐かしむ。鎌倉時代でははるか遠くの国だったであろう沖縄の旋律を取り入れ、和のメロディーと合体したアリアは初演でも好評を博した。
日本の創作オペラは書き言葉や話し言葉の上に作曲する傾向があるが、「歌い上げる」シーンの多い同作は、「歌書き(作詞家)」だからこそ書けたオペラでもあるという。「オペラは、作家も演出家も出演者も総合的な感動を呼ぶことに全力で取り組まなければ、エネルギーに満ちた発信力のある作品にならない。オペラはそのものが世界語で、たとえ日本語の作品でもテロップを付ければ世界と共感し合えるような作品を発信するという意気込みは持って制作している」
2012年に食道がん、15年にがんの再発を公表し、闘病生活を送った。今回は監修に専念するが、体調は落ち着いており「監修の枠を超えない程度に稽古場に行って楽しみたい」と意欲的だ。
くしくも平成の初期と終わりに上演することになった本作。「昭和は戦争、復興、バブルと非常にドラマチックだったが、平成はずっとデフレ。昭和に比べて味が薄く、いわゆるドラマのない時代」と振り返る。内向きではあるが、ネットを通じて世界ともつながる時代に、古典の「静と義経」をどう伝えるか。「芯は変えてはいけない。日本を知り、芸術を知り、世界を知り、目覚めてほしい」。次の時代につながるオペラとなることを期待している。
1980年から北鎌倉、96年からは逗子に暮らしたなかにしさん。97年の本紙インタビューでは、逗子のご自宅で愛犬とのショットを掲載した。だが「直木賞を取ってから忙しくなってしまって」と、10年ほど前に住まいを都内に移したという。しかし湘南を愛する気持ちは今も変わらない。「風光といい日本でもなかなかない土地。湘南が好きだという人と波長が合った。すてきな友人にたくさん出会えて、新しい世界を広げてくれた特別な場所です」。80歳とは思えない爽やかな笑顔で情熱的に語る姿はまさに“湘南の人”だった。