小さな新人王・東克樹(6)長期の離脱、変わった意識|カナロコ|神奈川新聞ニュース

小さな新人王・東克樹(6)長期の離脱、変わった意識

先輩左腕の今永、浜口らとノックを受ける東=2018年8月、横須賀市長浦町のベイスターズ総合グラウンド

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(1)「プロは無理」言われ続けた
(2)「投手の他に何が面白いんや」
(3)独り立ち「名電に行くわ」
(4)「影武者」が得た財産
(5)反省、研究、そして修正

 「甲子園経験があるからか、力の抜きどころを分かって器用さはある。でもすごい球があるわけじゃない。(卒業後は)社会人に行けるくらいかなぁという将来性で見ていました」

 2015年春、立命大野球部監督に就任した後藤昇(58)は、関西学生リーグ戦でようやくマウンドに上がるようになった小柄な左腕に、大きな期待をかけていたわけではなかった。

 当時2年生の東は3番手投手扱い。愛工大名電高の1学年上に、「高校ビッグ3」と騒がれた浜田達郎(中日)がいたように、大学にも絶対的なエースがいた。その秋に巨人からドラフト1位指名される4年の桜井俊貴と、西川大地(日本新薬)だ。ただ、この状況は東にとってチャンスでもあった。

 「二枚看板があまりに偉大で、3年生に東以上の投手がいなかった」と後藤が振り返るように、「翌年のチーム編成を考えて経験を積ませるために」と、登板機会には恵まれていた。

 上級生相手に痛打されることもあったが、光るものがあったのだろう。その頃、桜井を視察に訪れたベイスターズの八馬幹典スカウト(43)は、小柄ながら粘投する2年生に「完成度はまだやけど、ええ球を放るな」と感じていた。

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 ところが、この夏のことだった。公式戦マウンドにも慣れてきたところで、東は左肘を痛め、長期離脱を余儀なくされたのだ。中学、高校とけがなく走り抜けてきた左腕は「相当落ち込んでいた」と愛工大名電高監督の倉野光生(60)が思い起こす。

 東不在の中で、チームは大黒柱の桜井の活躍で秋季リーグを春に続き制覇する。後藤就任後、春秋とリーグ連覇の喜びに沸くナインを横目に、次期エースになることが確実視されていた東は一人、投げられない苦しみを味わっていた。

 だが、このどん底ともいえる時期に負けず嫌いの反骨心がうずいたことは間違いなかった。ちょうど20歳の節目を迎えた頃の苦い時期を、東本人は「この期間にしっかりトレーニングできたことがプラスになった」と振り返る。

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